言葉の癖は心の癖
……人は思考が言葉に表れる ……だから私は、心の癖が言葉に表れる と思っていて
……例えば、菫の花が私に奉仕の心が無いと口に出来たのは、自らが奉仕の心を持とうと思っているからだと思う
……けれど ……これは私も過去そんな風にガチガチに凝り固まって人を見ていた時に自分を殺して相手に尽くして……逆に相手方から何も返ってこないことに苛立ちを覚えて ……そんな時期が過去あったから 思えてしまうのだけれど
……正直、奉仕の心を持とうと思ってする行動に奉仕の心など存在しない
……奉仕の心ってなんだよ って話でしょう? 見返りを求めている訳ではないって多分そういう方仰ると思うのだけれど 召使いや奴隷ではないのだから 基本 皆 平等という形をとる今の世で敢えてこの言葉を心に唱えるのは自然ではない
自然にしたいと思って行う ……それを待てない菫の花は我慢がきかなかったのね ……そういうのって 強制の言葉と何が違うのだろう ……そして、私もまた彼と同じような性質を持つ傾向があるのだろう 所詮、似たもの同士が一緒にあろうとするものなのだから
……でも 鏡合わせのそれ を発見する度に ……もっと上手く出来た筈 何で私は 出来なかったんだろう 何故もっと解ってあげられなかったんだろう 菫の花の気持ちを和らげてあげられなかったんだろう って考え続けてしまうから