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第7話 田中は亜空間に吸い込まれた




「こ、皇帝陛下にあんな態度取るなんて、あの子大丈夫なのかな……?というか、これって絶対アレだよね。最近ずっとプレイしてた、ロマンティック・アリスの……」



 物陰から、ギルベルトという皇帝に迫られて毅然とした態度を取るあの子を見ていた。皇帝とはいえ、急にあんな風に近寄られたら不快だよね。気持ちはすごく分かる。


 それにこの展開、僕は見たことがある。たぶんあの子はアリスで、この姿をしているってことは、僕は……


 考え込んでいると、ふいにアリスと目が合った。


 そのままアリスは目を逸らすことなく、まっすぐに僕の方へと向かってくる。



「うわっ!な、なんでぇ!なんでこっちに来るの!?」



 反射的に逃げようとしても、体が動かない。目の前に来たアリスは僕を囲うように、壁にドンと手をついた。



「ごめんなさい、私もよく分からないんです。しばらくしたら落ち着くと思うので、耐えてください」



 アリスはそう言うと僕を強く抱き締め、壁に向かってぎゅうぎゅうと押し込んだ。壁はだんだん柔らかくなり……僕の体は、壁の中にめり込み始めた。



「うわっ、ちょっ!体がビリビリする!何コレ!?うわ、あ、亜空間に吸い込まれる!し、死ぬ〜!」



 体が全て壁に吸い込まれると、視界が真っ暗になった。

 あ、これ、死んだ……?




「目を覚ましてください、田中様。大丈夫ですか?」


「……い、生きてる。ここは……?」



『おい、田中!お前、田中だよな?無事か!?』


 

 酷くエコーのかかった声が、真っ暗な空間の中にぐわんぐわんと響く。僕の名前を呼ぶ声……聞き覚えのある、懐かしい声だ。



「えっ、この声って……!タケル!タケルだ!!ぼく、僕だよ!田中だよ!た、助けて、僕、乙女ゲーの世界にいるみたいなんだ!」


『ああ、分かってる。今、お前の体にアンジェリカの魂が入ってて……って!あ!俺の声届いてる!スゲェ!』


「田中様……貴方も、この神のお言葉が聞こえるのですか?」



 アリスが、僕を見て興味深そうに話しかけてくる。神のお言葉って、タケルの声のこと?



「か、神っていうか、僕の友達っ……友達の声なんだけどっ……」


「神様のご友人……では、貴方はもしかして、神様の遣いなのですか?」


「えっ、そんなんじゃないよっ!僕は、田中龍也っていうただの高校生で……あれっ!声が聞こえなくなった!電波が……電波的なものが悪いのかな!?あ、ここなら聞こえる!おーい!タケル!タケルー!」


『びっくりした、大丈夫、聞こえてる!正確には、田中が言ってることがテキストになって見えてるって状態!さっきはちょっと文字化けしてた!ちなみに、アリスちゃん!君の声も聞こえてるよ!』


「……!!私の声が……届いているのですか?」



 アリスは驚いた顔をして、それから目を少し潤ませた。

 彼女のことを、タケルははっきりと()()()()()()と呼んだ。ということは……



「……やっぱり!君は、本当にロマンティック・アリスのヒロイン、アリス・ハートフィールドなんだね!ゲームの中の存在に、実際に会えるなんて!うわぁ、すごい!尊い……!」


「…………」


「あっ、ご、ごめんなさい!お、推しに会えて、き、気持ち悪い反応をしてしまいました!ほ、本当にごめんなさいっ……!」


「いえ……でも、何となく分かりました。この世界のこと」



 アリスは何かに納得した様子を見せると、少し考え込んでから言葉を続けた。



「神様……いいえ、タケル様。単刀直入にお聞きします。私は貴方によって操られていて……この世界は、貴方によって結末が決められる。そういう世界なのではありませんか?」


『……ああ、そうだ。驚いたな。やっぱりアンジェリカみたいに、君にも魂が宿っているのか。なら、俺の仮説もあながち間違いではなさそうだ』


「タケル、仮説って何?そもそも、僕はどうなっちゃったの?トイレに行こうとして部室を出たとこまでは覚えてるんだけど、その後の記憶がなくて……!気がついたら、悪役令嬢のアンジェリカになってて……!」


『落ち着け、田中。いいか、お前の魂は今、悪役令嬢アンジェリカの体に入っている。そして、田中の体には……今、アンジェリカの魂が入っている』


「アンジェリカの……魂……?」



 それはどういう意味だろう。僕の体に悪役令嬢の魂?そんなの全然イメージが湧かな――



『タケル、貴方の分のおはぎは私が頂いたわよ。ああそれと、本日の湯浴みはバラ風呂がいいわ。今すぐバラを買ってきなさい』



「ぼ、僕が僕の声でオネエ言葉で偉そうに喋ってる!?」



『落ち着けって。これがアンジェリカだよ。見事な悪役令嬢っぷりだろ?』


「ぼ、僕が悪役令嬢で悪役令嬢が僕でっ!?い、意味がわからないよ!」



 事態を把握出来ていない僕を無視して、タケルとアリスは話を続ける。



「アンジェリカさんは……そちらで、生きていらっしゃるのですね」


『!! アリスちゃん、もしかして、アンジェリカがどうなるのか知っているのか?』


「……はい。うっすらと、頭に残っている光景があるのです。特に覚えているのは……階段から落ちて、死んでしまったアンジェリカさんの姿。最初は、夢かと思いましたが……あれは、神様によって決められてしまった世界だったのですね」


『周回の記憶を保持しているのか、それとも前回のセーブデータがバグって途中で消えた影響なのか……いや、ごめんね。正確にはアンジェリカが死ぬと言うシナリオは、俺たちプレイヤーではなく制作者というさらに上の神が設定したものなんだ。人が死ぬゲームは俺、よくないと思う。まあ、細かいことは置いといて。……アリスちゃん、俺は田中をこっちの世界に戻すために、方法を探ろうと思う。そのために、今後も君を操るのを許して欲しい』


「それは、大丈夫です。慣れていますから。けれど……」



 アリスは神様に祈るように手を合わせて、タケルに語りかける。



「タケル様。どうか、アンジェリカさんが死んでしまう未来を、変えて頂けないでしょうか。私、アンジェリカさんとは親しくはありませんし、彼女の詳しいことも知りません。でも……アンジェリカさんが死んでしまった光景を見た時、悲しい、と確かにそう感じたのです。まるで、古くからの友を失ってしまったかのような、そんな悲しみを……ですから、どうか。アンジェリカさんを助けてください。お願いします」


『アリスちゃん……君は、心までも聖女なのか。……分かった。アンジェリカが死なないルートに、俺がどうにかしてみるよ。そもそも、もしゲームの中で再びアンジェリカが死んだら、田中の魂がどうなってしまうのか全く分からない。田中は今度こそ本当に死んでしまうのかもしれない。アンジェリカ生存に重点を起きながら、田中とアンジェリカの魂を入れ替える方法を考えないと』



 タケルの話を聞いていて、徐々に僕は自分の置かれた状況が分かってきた。混乱したままの頭を落ち着かせながら、懸命に思考を働かせる。



「えっと…………もしかして、僕って死んだの?……ってことは、僕とアンジェリカは、同じタイミングで死んで入れ替わったってこと?………………なら、死なないルートを目指すんじゃなくて…………また僕とアンジェリカが同時に死ねば元に戻らないかな……?」


『可能性としてなくはないが、リスクが高すぎる。それはあくまでも最終手段だ。俺は、他の方法を探した方がいいと思う』


「そっか、そう……だよね。でも、他の方法なんてあるのかな……」



 僕が不安を隠しきれずに俯いていると、アリスは励ますように明るく声をかけた。



「大丈夫です、田中様。私が力になります。ですから一緒に、元の世界に戻る方法を見つけましょう」


「あ……ありがとう……ございます」



 アリスは僕の震える手を両手で包み込むと、優しく微笑んだ。……君って本当に、聖女みたいだ。



『ありがとうアリスちゃん、頼もしいよ。君が俺たちの味方についてくれるのは、本当に心強い。ほら、アンジェリカ。アリスちゃんが、元の世界に戻るのを手伝ってくれるってよ。お前からも礼を言っておけ』


『ふん、私がこんな生意気な平民の小娘にお礼なんて言う訳ないでしょう?』


『お前な……』


『小娘、良いこと?協力したいなら勝手にしなさい。けれどギルベルト様に手を出したら、許さないから。ギルベルト様は私のものよ。それをよく覚えておきなさい』


「はい、それは大丈夫です。私はギルベルト様のこと、好きではありませんから」


『そう……それに、そこの貴方。卑しい分際で私の体に入っている、タナカ!私の体に触れることは、万死に値するわ。いやらしい目で見ることも禁ずる。己の身の程を弁えて、慎んで行動することね』


「は……はい……」


『それと……妹のジェシカのことは、貴方がきちんと私の代わりに世話するのよ。今後、ジェシカに何かあったら私に細やかに報告なさい。今は貴方がアンジェリカなのだから、ジェシカの前でもアンジェリカとしての立ち振る舞いをお忘れなきよう』


「わ……わかりました……」


『じゃあ、話もまとまったところで。それぞれ解決策を模索するか。俺は、現実世界で何かできないか探ってみるから。田中とアリスちゃんも、ゲーム内で色々と探ってみてくれ。じゃ、バグ空間は解除するぞ。お互い頑張ろう』



 ブツっとマイクが切れたような切断音がして、目の前の風景は一気に元の明るい教室に切り替わった。



「あ…………タケルー?おーい、タケルー?」



 いくら呼びかけても、もうタケルからの返事はない。



「声……聞こえなくなっちゃったね……」


「私には聞こえています。あの空間以外では、私にしか声は聞こえないようです」


「そうなの?」


 

 じゃあアリスを仲介すれば、タケルと連絡を取ることは出来るってことか。それは……とても安心した。



「田中様、これからよろしくお願いします。私、お力になれるかは分かりませんが……」



 言葉の途中で、アリスは体の向きを変えて急にどこかへ走り出す。



「あれっ!?どこへ行くの?」


「中庭に身体が引っ張られて……あ、花を採集しなきゃいけないみたいです!田中様、また後で……!」



 アリスの後を追いかけようとしたけれど、教室の扉に手を触れた瞬間、もの凄い力でバチンと身体ごと弾かれた。さっき、アリスはこの扉を開けて普通に通った筈なのに。見えないバリアのようなものがあって、僕はここから出られない。



「確かこのゲーム、主人公以外は時間帯によってキャラクターの行動範囲が決められていたはず……」



 それは、()にも当てはまるってことか。

 今は授業の時間。学生である(アンジェリカ)は、この教室から出ることを許されていないみたいだ。


 アリスの居なくなった部屋は、しんと静まり返っている。正確には、ガヤガヤとした偽物の環境音だけが聞こえていて、僕はガラスの置物のように動かなくなったキャラクターたちに囲まれている。彼らはみな、アリスがこの部屋から居なくなった瞬間に、生き物としての呼吸を止め、ただの無機物になってしまった。


 誰の存在も感じない。この世界で生きているのは、たった一人僕だけになってしまったかのような、そんな静寂。



「タケル……僕、帰りたい…………帰りたいよ…………」



 ああ、これはもしかしたら。僕は今、死よりも恐ろしい世界にいるのかもしれない。



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