第6話 タケルはバグ技を使った
改めて説明しよう。
恋愛シュミレーションゲーム「ロマンティック・アリス」、通称ロマアリは、ゲーム評価サイトで最低評価の星1を誇るクソゲーだ。
このゲームのクソゲーたる所以は、バグの多さにある。恋愛シナリオゲーなのに、肝心のテキストがバグって読めなくなったり、フラグ管理でバグって進行不能になって詰んだり。プレイした人を十中八九イライラさせる、伝説のクソゲーだ。
俺と田中は、そんなロマアリを熱心にプレイする……いわゆる、クソゲープレイヤーだった。
俺は、バグを利用し最速でのクリアを目指すRTAに特化したロマアリプレイヤーだったし、田中は単純にクソゲーをクソと思わず楽しむ才能がある良心的なプレイヤーだった。
そんな一部の界隈に人気のごく普通のクソゲーが……まさかこの世の法則をも覆すミラクルバグを起こすとは!
つまるところ、これは俺の仮定だが。
ロマンティック・アリスの悪役令嬢アンジェリカ・バートリーと、俺の親友、田中龍也は魂が入れ替わっている。
……田中は、階段から落ちる直前。つまり、死の間際までロマアリをプレイしていた。そして、階段で足を踏み外して……死んだ。
ちょうどその時、ゲーム内でアンジェリカも城の階段から落ちて死んで……バグってタイミングよく、二人の魂が入れ替わった。
そもそも、ゲームの登場人物に魂なんてあるのかよ、とか。やっぱり田中がおかしくなって、自分をアンジェリカだと思い込んでるだけじゃないのか、とか。まだまだ考えることはいっぱいあるけれど。
ひとまず、一旦この仮定で進もうと思う。
そしてこの仮定を踏まえた上で俺が次に取るべき行動は……
あのゲーム内のアンジェリカ、いや田中と、意思の疎通をはかることだ!
「お願いします、ゲームをやらせて下さい」
という訳で俺は今、憎きアンジェリカ(身体は田中だが、便宜上アンジェリカと呼ばせてもらう)に土下座をしているところだ。
昨夜の喧嘩でアンジェリカは、俺が目を離した隙にゲーム機をどこかに隠しやがったのだ。その後、激しい言い争いになって埒が明かなくなったので、俺たちは一旦休戦してしっかりと睡眠を取った。
こうやって俺が謝るのは癪だが、今は田中のことが最優先だ。アンジェリカの精神年齢は駄々をこねるガキと変わりない。ここは先に俺が折れる素振りを見せた方が、話が早いと判断した。
「嫌よ。どうせ、あの小娘でギルベルト様を誑かすつもりでしょう。そんなの絶対に許さない」
「誑かすんじゃないって!必要な情報を探るんだよ!ゲーム内で、田中がどういう状態かも心配だし!」
「アスカ、言ってやりなさい。この男、ゲームをやりたいと言っているわよ」
「お兄ちゃん、いつもゲームばっかりやって中毒だよ!田中さんの言うこと聞いて!そんな土下座してまでやりたいだなんて、わたしドン引きだよ!もうお兄ちゃんにゲームはやらせない!」
「お前は何でそっちの味方なんだよ!それに、ドン引きするなら言動のおかしいそいつに引いとけよ!」
「田中さんは……アレでしょ?心の性に目覚めたんでしょ?大丈夫わたし、ちゃんと授業で習ったから理解してるよ。今の時代、そういうのに目くじら立てるのはダサいよお兄ちゃん!」
「くそっ……!LGBT教育が行き届いてやがる……!」
「違うよ、今はLGBTQ教育だよ、お兄ちゃん」
「ややこしい!」
アンジェリカは明日香を手玉に取り、俺を孤立させようとしている。
朝方アンジェリカに可愛くヘアアレンジをしてもらった明日香は、もうすっかりアンジェリカに懐いてしまったようだ。
均等に形の整ったツインテールは、普段俺が明日香にしてやってる歪なツインテールとは比べ物にならないくらい、綺麗でまとまっている。
「ゲームだけじゃなく俺の妹も奪い取ろうとは、この悪党め……!確かお前には、自分の妹がいる筈だろ!」
「ええ、私にもアスカと同じ歳くらいの妹がいるわ。名はジェシカというの。……ああ、ジェシカは元気にしているかしら」
……確か、アンジェリカの妹は病弱という設定だった筈だ。これは、使える!
「なあ、お前だって家族のことが心配だろ?ギルベルトの好感度は上げないようにするからさ。ちょっと様子を見てみようぜ。その、ジェシカの様子を聞くだけだから。なあ、頼むよ」
「……ギルベルト様を誑かさないと、約束できるの?」
「約束する!約束するから!」
「もー!田中さんそうやってお兄ちゃんのこと甘やかして!お兄ちゃん、ゲームは1日30分までね!分かった?」
「それだけあれば充分だ!」
俺のロマアリのバグありRTA最短クリア記録は何分だと思う?
……11分34秒だっ!
♢♢♢♢♢
『まずは、一応。アンジェリカを出現させるために、ギルベルトシナリオを進めないとな!』
あの時、ヒロインのアリスに接触してきたギルベルトという男。実はこの国を統べる若き皇帝なのだ!皇帝なのに貴族と平民に混じって学園生活は意味分からんって?大丈夫、俺も意味分からん。乙女ゲーだから、細かいことは気にしたら負けなんだよ!
このギルベルトは、RTAにおいて非常に重要なキャラだ。教室のすぐ隣にある中庭の花壇から採集可能な、『桃色の花』というアイテムをプレゼントして好感度が上がるのは、数ある攻略対象の中でもギルベルトだけだ。他は、手料理だったり、鉱石だったり、幻の深海魚だったりが必要で……とにかく、好感度を上げるのがめんどくさいのだ!だから、RTAではギルベルトルートでのクリアが必須なのである。
セーブデータの続きは、入学式のところ。この後、全校生徒の前で皇帝からのありがたきお言葉が伝えられ……ここでさっきの青年が皇帝の身分であると判明する。このへんは別に重要じゃないから全部スキップして……おっ、教室に移動して席が隣になった皇帝と会話するシーンだ。ここは選択肢があるから、飛ばさずに読むぞ!
「先程は申し訳ありませんでした。皇帝陛下に、道端の花を差し上げるなんて、私はなんてことを……」
「そんなに畏まらないでくれ、今は同じクラスメイトなんだから。それに……俺はこの道端の花を、美しいと思ったんだ。君の瞳の色のような、この花を……」
はい、ここでアリスの頬に手を添えて至近距離で見つめてくるギルベルトのスチルが入る!この後の選択肢で……
『ちょっと!これはどういうことなの!?』
『どういうことって、スチルだよスチル!一枚絵!世の乙女は、こういう場面できゅんきゅんするんだよ!』
『早く顔をどけなさい!この、身の程知らずの平民の分際で!』
『分かったから、次、選択肢あるから!待てって!』
画面には二つの選択肢が表示される。
・やめてください、と手を払う
・目を見つめ返す
『わたし、乙女ゲー厶はやったことないけど。これって恋愛すればいいんでしょ?なら、こんなの簡単じゃん。お兄ちゃん、目を見つめ返す、が正解でしょ』
『それが違うんだな。ここは……やめてください、と手を払う!こっちだ!』
『なんですって!ギルベルト様に失礼じゃない!けれど、これで小娘の好感度は地に落ちたわね!いい気味よ!』
「ふっ……面白い娘だ…………」
ギルベルトの好感度が上がった!
『ど、どういうことなのよーー!!!』
『ギルベルトは、こういう塩対応をとることで好感度が上がっていく。俗に言う"おもしれー女"理論だ!』
『貴方さっき、好感度は上げないって言ったじゃない!』
『ある程度は上げないとシナリオ進まないんだから、仕方ないだろ!それに、見つめ返したら見つめ返したで、お前はキレるだろうが!ほら、この後!アンジェリカが教室の隅でこっそりこの場面を見てるから、そこに移動して、アンジェリカを挟んで壁のコリジョンに向かってひたすらに押しつづける!おらおらおらおらおら!』
『な、何やってるのお兄ちゃん!?』
『すると、こうだっ!アンジェリカと一緒に、主人公は壁抜けして誰もいないバグ空間の教室に移動する!通常は、攻略対象キャラをこの空間に閉じ込めて移動を封じ、好感度上げの作業を効率化するための技だけど……今回は、アンジェリカとの接触のために使わせて貰うぜ!』
『お兄ちゃん、プレイスタイルが気持ち悪いよ!もっと普通にゲームやってよ!うわーん!おじいちゃん、お兄ちゃんがゲーム廃人だー!』
『明日香こっちに来ておはぎたべるかい?』
『食べるー!』
『爺、私の分もあるでしょうね!』
『はいはい、ありますよ〜』
『おい、お前ら!俺のプレイング見ろよ!おはぎおはぎって……俺には興味ねーのかよ!くっ、これだから素人は……!じいちゃん、俺の分のおはぎも取っといてくれ!』





