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第2話 田中は決壊した



「田中……変な冗談言うなよ!お前、ロマアリのやりすぎだって。な、とりあえず心配だから、保健室に……」


「触れるな!この無礼者!」


 田中に、今度は先程ぶたれた方とは反対の頬をぶたれた。聖書には、右の頬を殴られたら左の頬を差し出せ、という文言があるが。……俺は生憎、仏教徒だ。



「お前、いい加減にしろよ!俺は本気で心配してんのに!」


淑女(レディ)の体に勝手に触れようとするからよ。身の程を弁えなさい」


「お前のどこがレディなんだよ!鏡見てみろ、鏡!」



 ちょうど階段の踊り場に設置されていた、鏡に向かって指を指す。田中は後ろを振り返って鏡を見ると、一度きょとんとした顔をして、けらけらと笑った。



「鏡ですって?馬鹿なこと言わないで頂戴。私の美しい姿が、どこにも映っていないじゃない」


「お前、自分を自分と認識出来ないくらい、脳みそやられちまったのか!?ほら、ちゃんと見ろ!これがお前だ!田中龍也だ!」



 田中の頭をぐっと押さえつけ、鏡から目を離さないように無理やり固定する。

 田中は、やめなさい!と暴れながらも、途中何かに気がついた様子で、自分の手や足をまじまじと見始めた。そして、胸元に手を当て乱暴にまさぐると、ひどく絶望したような表情浮かべ「…………ない」と呟いた。



「おっぱいか!?ある訳ねーだろ!お前は、男なんだから!」


「私が男ですって!?」


「男だろ!!自分のち○こ触ってみろ!!ほら!!!」


 

 田中の手を無理やり田中の田中へ押し付けると。

 顔面蒼白になった田中は、ふらりと貧血でも起こしたかのように倒れた。



「だ、大丈夫か!?ち○こちゃんとあったよな!?なあ!!」


「分かったから、もうやめて頂戴……」


「そうか、分かったか!お前は、田中龍也だ!陰キャで内気で友達少なくてクソゲー愛好家の、俺の唯一無二の親友、田中龍也なんだよ!」



 田中はまた鋭い視線を俺に向けると、一段とはっきりとした声で俺に異を唱えた。



「いいえ、私はアンジェリカ・バートリーよ。何が起こってそのタナカという男になってしまったかは分からないけれど、これだけは譲れないわ!」


「そんな……!」



 田中は、どうしちまったんだろう。もしかして死にかけたのをきっかけに、このままアンジェリカ・バートリーとして生きていくつもりなのか?田中に秘められた内なる願望か何かが、突然目覚めてしまったのか?



「俺は、どうすればいいんだよ……!」



 肩を落とす俺に、田中は気を遣ったように声をかける。



「平民。私のために何かしたいのなら、手伝いなさい」


「手伝うって何を…………」


「それは……その……」



 田中は先程までの高圧的な態度とは打って変わって、急に口ごもってもじもじし始めた。



「あ、そういやお前。さっきトイレに行くって言ってたけど。膀胱大丈夫なのかよ」


「…………大丈夫では、ないのよ」


「じゃあ、さっさとトイレ行けよ。あ、落ちてどっか足でも痛めたのか?歩くのに手ぇ貸すか?」


「ええ、そうして頂戴。それと…………」


「それと?」


「……よ、用の足し方が分からないから、貴方が何とかしなさい」


「…………はぁ?」


「だから!淑女(レディ)に恥をかかせないで!なんとかしなさいと言っているの!!」


「なんとかって……ええ?」



 田中は何を言っているんだろう。用の足し方が分からない?

 まさか、頭を打ったことで日常動作までも忘れてしまったのだろうか。



「い、いくら親友でも!俺に下の世話しろっていうのか!?」

 

「ずべこべ言わずに、早くトイレに連れていきなさい!一刻も早く!」


「わ、分かった。連れていくけどさあ……!」



 トイレまでは、そう遠くない。俺は田中に肩を貸して男子トイレにたどり着くと……姿を誰にも見られぬよう、二人で狭い個室に入って急いで鍵を掛けた。



「田中、ほんとに小便の仕方も忘れちまったのかよ。だってさ、簡単じゃん。出して持って出すだけなんだし……」


「わ、分からないものは分からないのよ!それに、もう……!もう限界なの……!は、早く何とかして……!」



 田中は切羽詰まった声で俺に助けを求める。緊急事態だから……仕方ないのか?いや、でも……



「早く……!」



 悲痛な田中の声を聞いて、俺の決意は固まった。何がどうあれ、親友の危機だ。躊躇している場合じゃない。


 俺は田中のズボンのチャックを下ろし、田中の田中を露出させて、田中の手にソレを持たせようとした。……が。



「手!お前何で両手で目え隠してんだよ!ちゃんと自分の持てって!コントロールどうするつもりだ!?」


「だ、だって見る訳にいかないじゃない!それに……!そんなもの、私持ちたくないわ!」


「自分のち○こくらい自分で持て!片手でいいから!」


「絶対に嫌!!!も、もうだめ……!私、もう……!」


「あっ、ちょっ、分かったから!コントロールは俺任せでいいんだな!?」


「あぁ……ぁぁ……!」



 その瞬間、田中の膀胱は決壊した。俺は一体、何てものを見せられているんだ。

 勢いの良い水音と……泣きじゃくる田中の声が聞こえてくる。



「おい……泣くなよぉ!泣きたいのは俺の方だって……!」


「こ……こんな屈辱……私もう……!生きていけないわ……!」


「も、漏らさなかっただけ良かったじゃん?ほら、落下の衝撃で漏れてた可能性もあるんだから、な?」


「うぁぁぁぁん!」



 田中の泣き声と水の音が、男子トイレに響き渡る。

 どうか、誰もこのトイレに来ないでくれ。誰も勘違いしないでくれ。

 俺と田中は、ただの親友なんだ!決して、変な仲ではないんだ……!



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