DLC1 アンジェリカは最果てで待っていた
これがDLC商法だ!最終回前の時系列です。
暗く暖かい眠りの中にいるような、心地の良い感覚が全身を包んでいる。目を開けても、目を閉じているのと変わらない暗闇が広がるだけの何も無い空間に、私はいた。
嗚呼、私は戻ってきてしまったのね。この、ゲームの中の世界に。
「(……戻っても、自由に動けるわけではないのね。当然だわ、私はこの世界でもう、死んでいるんだもの)」
エンディングを迎えた後の世界に、私は存在しない。だから本来なら、跡形もなく消えてなくなる筈だけれど……。
「(タケルは私の死亡イベントを回避した。だから正確には、死んでも生きてもいない状態?そんなの……すごく、退屈だわ。いつまでも貴方の夢を見て過ごすだけなんて、耐えられない)」
暗闇で揺蕩ううちに、意識がだんだんと薄れて深い眠りに誘われていく。それでも最後まで頭から離れなかったのは、愛する貴方のことだった。
「(タケル、早く…………私に……会いに来て…………)」
♢♢♢♢♢
「お姉様……お姉様!」
明るい日差しを感じて、ゆっくりと瞼を開ける。
懐かしい声の聞こえる方へ視線を向けると、ベッドに横たわる私の側で涙を浮かべる少女の顔が目に映った。
「……ジェシカ?」
「良かった……!目が覚めたのですね……!」
ジェシカは私に抱きついて、大きな声で泣きじゃくる。……ジェシカ、少し大きくなったかしら。それに、どうして泣いているの?
ジェシカの頭を撫でて落ち着かせると、ジェシカはようやく顔を上げて私の身に起こったことを話し始めた。
「お姉様はパーティの日にお城の階段から落ちて、ずっと昏睡状態でした。あれからもう、3年も経ちましたのよ……!」
「3年……」
どうりで、ジェシカが少し大人びて見えたわけね。
部屋の中を見渡すと見慣れないものばかりで、ここが自分の部屋ではないことが分かった。家具や内装は質素な雰囲気で、住んでいた屋敷の部屋のどこかでもないようだった。
「ここは、家のお屋敷ではないのね。何処なのかしら」
「……バートリー家は、色々あって田舎にお引越ししまして。ここはバートリー家の領地内にある、小さな村のお家です。村での生活は帝都とは違って、不便なことだらけですか……良いところも沢山あります!この村は空気が綺麗で、私の病気もすっかり治りましたのよ!」
ジェシカはそう言うと、笑顔で小さな部屋の中を駆け回った。
「そう……それは良かったわ。本当に……」
私は涙を流しそうになったのをぐっと堪えた。ジェシカ、貴女にも死が訪れる運命だった。けれど今は、こうして成長して元気な姿で私の目の前にいる。それが、どれほどの奇跡か。
……いいえ、きっと奇跡ではないわね。これはタケル、貴方が作ってくれた幸福な未来。そうでしょう?
窓の外の世界がどうなっているのか気になって、部屋から出ようとベッドから立ち上がる。長い間動かしていなかった体はまだ思い通りに動かず、一瞬大きくふらついたところをジェシカに支えられた。
「お姉様、無理なさらないで下さい。まだ、ゆっくり横になっていて良いのですよ」
「大丈夫よ、これ以上じっとしている方が体に悪いわ。それに、早くこの世界を見て回りたいの。ジェシカ、この村を案内してくれる?」
「……はい、喜んで!」
ジェシカはとびきりの笑顔でそう答えると、私の手を引いて扉の外へと連れ出した。
♢♢♢♢♢
外には、ジェシカの言っていたとおり田舎の風景が広がっていた。けれどそれは、私が想像していた自然の美しさに溢れる美しい田舎の風景とは、大きくかけ離れたものだった。
数軒の民家と、乱雑に生い茂った木々と、小川の近くには荒れ果てた畑のようなものがあるだけの、村とも呼べないような未開拓の大地。それが、この村に対する私の第一印象だった。
「本当に、何も無い村なのね」
「近年は都市部への人口流出が止まらず、過疎化が進んでおりまして。人手不足で木を切る人も居らず、畑も放置されているようですから、このような状態に……昔は林業と農業が盛んな、豊かな村だったみたいなのですけれど」
殺伐とした風景をぼんやりと眺めていて、ふと思いついた。もしかしたらこれだけ土地があれば、アレを育てられるのではないかしら。
「……この荒れ果てた畑を、耕したいのだけれど。私が好きにしてもいい?」
「ええ、もちろんですとも!この村は全てバートリー家の領地。村の土地をどのように使うかを決める権限は、お姉様にありますのよ!」
「なら、遠慮はいらないわね。早速、雑草を抜いて畑に苗を植えるわよ」
「植えるって、何の苗をです……?」
「それはね……もち米と、小豆の苗よ!」
♢♢♢♢♢
この村には週に何度か、行商人が訪れるらしい。今日はちょうどその日のようで、急いでジェシカと共に大きな積荷を載せた行商人の馬車の元へと向かう。
作物の種や苗も取り扱っていると聞いたので、行商人にもち米と小豆の苗が欲しいと伝えると、安くはないお金を受け取った行商人は積み荷の奥からごそごそと小さな苗を取り出して、私に手渡した。その苗は見慣れた形をしていて、この国でお馴染みの作物だとすぐに分かった。
「……ちょっと、どういうことなの!?これは小麦とビーンズの苗でしょう!私が買いたいのは、もち米と小豆の苗!」
「そうは言われましても……この国に、もち米と小豆などといったものは存在しません。無いものは、私共も売ることはできないのです」
「そんな……これじゃおはぎが、作れないじゃない……」
「お姉様、お気を確かに……!」
ショックでよろける私を、ジェシカがすかさず支えてくれた。小麦とビーンズの苗を突き返す間もなく、行商人は厄介なことを言う私から逃げるように馬を走らせて去っていく。
途方に暮れて、馬車の後ろ姿を力なく眺めるしかない私を励ますように、ジェシカは明るく声をかける。
「お姉様、遥か遠方の国には、そのような種類の植物もあるかもしれませんわ!ちょうど今、聖女の使節団がこの村の近くを訪れておりまして。何でも、祈りを捧げながら世界中を旅をしてきたみたいなのです。あの方々なら、珍しい植物についても何か知っていらっしゃるかも……!」
「聖女?まさか……!」
♢♢♢♢♢
「このような場所にも、村があったのですね。昔はこんな土地、なかった気がするのですが……確実に、以前よりも世界が広がっている気がします」
この数年、私たちの世界は目まぐるしく変化している。
聖女として街の中で人々に祈りを捧げることしか仕事のなかった私は、気がつけばいつの間にか飛空挺に乗って従者の方々と一緒に旅をしていて、広がり続けていくこの世界を日々見守っている。
この変化は、きっとあの方々の影響。あの方々が、この世界に新たな物語を与えてくれているのでしょう。
「アリス……!」
小さな村を一周して出ていこうとしたところで、誰かに呼び止められた。聞き覚えのあるその声は、私がエンディング後のこの世界でずっと探していた人のものだった。
「……アンジェリカ……さん?」
「貴様、聖女殿に近寄るでない!このお方は、お前のような平民が気安く話しかけて良い方では――」
こちらに向かってくるアンジェリカさんを阻むように、従者の一人が私たちの間に立ちはだかる。けれど私はそれを押しのけ、アンジェリカさんに駆け寄ってぎゅっと抱きしめた。
「アンジェリカさん……!良かった、ここにいらしたのですね……!」
「アリス、貴女随分偉くなったじゃない?」
「アンジェリカさんは、随分質素な印象に変わりました。今のアンジェリカさんも、素敵です」
「あら、それは嫌味?」
「あの……聖女様?」
私たちの姿を見て、従者の皆さんは戸惑っているようだった。彼女が不審な者ではないことを説明するために、私はアンジェリカさんを全員に紹介した。
「心配しないでください。この方は、私の友人のアンジェリカさんです」
私がそう言うと、従者の皆さんはざわざわと騒ぎ始めた。
「アンジェリカ……?もしやあの、バートリー家の……死んだのではなかったのか?」
「聖女様の暗殺を企て、その罪でバートリー家は没落し、僻地に追いやられたのだろう?それがなぜ、聖女様の友人などと……」
バートリー家が失脚した原因についての噂話は、国中に広まっている。この世界では死んだとも、死んでないとも、悪女とも、そうではないとも言われている、正体の定まらないアンジェリカさん。そんな彼女が私の目の前に現れて親しくしているこの状況に、従者の皆さんは困惑しているようだった。
アンジェリカさんはその様子を見て、呆れたように笑う。
「あら、やっぱりそういうことだったのね。私の冤罪は晴れていないと……まあいいわ。ギルベルトは、どうしているの?」
「ギルベルト様は皇帝として、別の飛空挺で私と同じように世界の見回りを行っています。以前よりもなんだか、生き生きとしているようでした。それに私はもう、この世界のヒロインではないみたいで。ギルベルト様が私に余計な感情を持つことは、二度とありません」
「ヒロインではない……それは良かったわね。ところで、その指輪は何?」
私の左手の薬指に嵌められた指輪を見て、アンジェリカさんはそう尋ねた。
「これですか?いつの間にか、指に嵌められていて……アイテム名は、"魔除の指輪"らしいのですが……きっと田中様が、私にくださったのではないかと……」
「……ふん、私には何もないなんて、腹が立つわ。タケルに会ったら、もっと高い指輪買わせてやる!」
「ふふ、そうですね。きっと、もうすぐだと思いますよ」
少し拗ねたアンジェリカさんは、ため息をついて言葉を返す。
「だといいけど……この村、本当に何も無いのよ。はっきり言って、手抜きまみれの雑な村!タケルたちはこの世界に手を加えているようだけれど、ちゃんと上手くいっているのかしら?それにタケルが来るまでに、おはぎを作れるようにしておきたかったのに!肝心のもち米と小豆がないの!あるのは、小麦とビーンズの苗だけ」
アンジェリカさんはそう言って、取り出した苗を悔しそうに握りしめる。もち米……小豆……聞いたことはない作物だけれど、どうにかする方法はすぐに思いついた。
「……それなら、私の聖女の力でなんとかなるかもしれません」
「聖女の力……?」
「はい。以前、薬草のグレードを上げた時のように。この小麦とビーンズの苗に力を込めれば、グレードが上がって、もち米と小豆の苗になるのではないかと……」
「それは無理やりすぎじゃない?だとしたらそれは、バグよ。そんなの…………タケルなら、やりそうね」
「はい。なので、やってみますね。…………はあっ!」
苗に手をかざして力を込めると、苗は一瞬眩い光を放ち、形を変えながらもりもりと増殖し始める。しばらくして増殖が止まると、二種類の苗は村の一角をぎゅうぎゅうに埋めつくした。
「アンジェリカさん、出来ました。もち米の苗と小豆の苗です。ざっと、9999株あります」
「アリス、貴女最高よっ!」
アンジェリカさんは大喜びして、私に勢いよく飛びついた。こんなにはしゃぐアンジェリカさんを見るのは、初めてです。
少しびっくりしていると、木の影からこちらをこっそりと見ていた女の子が、同じように驚いた表情を浮かべていた。
「お姉様……!聖女様とお友達なんて、凄いです……!」
「あれは……?」
「ジェシカよ。この村に来て、すっかり病気が治ったみたい。大きくなったでしょ?」
「ええ、本当に。お元気そうで良かったです」
「……この村にも、学校を作って貰わなくちゃね。そしたらジェシカもそこに通って、沢山お友達を作れるわ」
「きっと、田中様とタケル様なら叶えてくださいます」
「おっと、資材が通るよ〜、ごめんね〜」
私たちが会話をしていると、それを遮るように大きな木材を持った大工さんが目の前を通りかかった。それを見た従者の一人が、吠えるように声を上げる。
「聖女様の前を横切るとは、無礼な!」
「すいませんねぇ、けど、すっごく重要な資材で。何でも、"ただの村人"さんが引っ越してくるから、急いで家を建てなきゃいけなくて。……あ、アンジェリカのお嬢ちゃんに、家が出来たら鍵を渡すように言われてるんで。完成を楽しみにしばらくお待ちください〜」
「きっと、タケル様と暮らすための新居ですよ。良かったですね、アンジェリカさん」
「けどあの人が持っていたの、ボロボロの木材よ。……嫌な予感しかしないわ」
アンジェリカさんは引きつった笑みを浮かべて、そう呟いた。
「…………それにしばらくって、いつまで待てばいいの?ただ待っているだけなんて、つまらないわ。タケルが来るまでに、この村の畑を全部もち米と小豆で埋め尽くしてやる!アリス、貴女も手伝ってね」
「はい、私も正式な聖女のお仕事が始まるまでは、時間がたっぷりありますから。ここで一緒に畑を耕しながら、田中様を待とうと思います」
……私たちはいつまでも待っている。いつか迎えに来てくれる、愛しい人たちを。世界の端っこにある、この小さな最果ての村で。
「楽しみですね、アンジェリカさん」
「ええ…………そうね」
そう言って笑うアンジェリカさんの表情は、とても幸せそうだった。
♢♢♢♢♢
それから数年。もち米と小豆は特産品になるほど大量に生産され、それを売ってお金の増えたこの村は徐々に発展していきました。それに伴って移住者は毎年のように増え、ジェシカさんと同じ歳くらいの子供がいるご家庭も沢山引っ越して来ました。
来月にはついに、村に念願の学校ができます。
けれど、"ただの村人"さんのお家の工事だけはいつまでも進まず。家の完成予定地には資材と立て看板が置かれただけの状況が長く続いています。
立て看板に書いてある内容はたまに更新されるのですが、いつも「更なるクオリティアップのため、工事を延期致します」というものばかり。いつまで経っても完成が見えてきません。
アンジェリカさんはそれを見て、今日もイライラを募らせています。ストレス発散のために始めた投球……ならぬ投ジャガイモも、狙った的に百発百中で当たるようになりました。ちなみにこの村で採れるジャガイモは石のように固くて食べられないものばかりなので、基本的には威力の高い武器として使用されています。
アンジェリカさんが投げたジャガイモは、空を切って真っ直ぐに進み……今日もまた、延期の立て看板をいとも簡単に破壊しました。
…………タケル様。どうか一刻も早く、迎えに来てあげてください!





