第21話 そのクソゲーは伝説になった
夏休みが終わった。そして、学校が始まった。
俺と田中は放課後の教室で、居残りをさせられている。
二人とも夏休みの宿題を全くやっていなかったのだ。
他の居残り組の劣等生たちは、早々に課題を終わらせて帰っていった。
課題がろくに手につかない俺たちは、虚ろに問題集を眺めながら、頭の中では違うことばかり考えている。
「……僕、もっといい結末があったんじゃないかって思うんだ」
田中が静かに口を開く。俺は特に相槌を返さなかったが、田中は構わずに話を続ける。
「アリスをあの世界から解放する方法が、存在したんじゃないかって」
「…………アリスにもう一度、会いたい」
「俺だって、アンジェリカに会いてーよ。でも……」
ゲームの中の存在なら、ゲームさえやればいつでも会えると思ってた。現実で会えなくなっても、ゲームで会えるならそれでいいと。そう思って、アンジェリカを元の世界に帰したのに。現実はあまりにも残酷だった。
「ゲームは壊れちまって、起動不能。オマケに全国同時多発的に、ロマアリは謎のバグで全く起動しなくなって全滅。界隈では、これが真のクソゲーだと大盛り上がりだ」
「……あいつは言ってた。あの世界はエンディングを迎えて初めからやり直すと、記憶がリセットされて、同じ世界を繰り返すんだって」
「だから、二度と誰もあのゲームを始められないのなら……アンジェリカもアリスちゃんもあの世界で、ずっと俺たちとの記憶を持ったまま生きてるってことなのかな」
共に過ごした時間が消えることなく、彼女たちの中に残っている。それが俺たちにとって唯一の、救いだろうか。
けれど田中は険しい顔をして、あの世界のことを口にする。
「あの世界は、終わりのない地獄だ」
「気が狂いそうになる長い時間、代わり映えしないあの世界を、アリスたちは生きなくちゃならないんだ。それに、あのゲームはエンディング後に何のストーリーもないから…………二度と、何かが起こることは無い。アリスもアンジェリカも永遠に続きのない、未来の存在しないあの世界に閉じ込められてしまった。それはすごく……残酷なことだよ」
……じゃあ、続きがあれば。アンジェリカもアリスも、新たな世界で、新たな人生を生きていけるのだろうか。
だが、ロマアリは稀代のクソゲーだ。一部の人間たちにしか流行っていないし、開発者も蒸発してどこかへ消えた。そんな失敗作の続編が作られることは、絶対に、未来永劫ありえない。
だけど…………俺たちはもっとありえないこと、経験してるもんな。
田中は俺と同じ思考に至ったのだろう。
少し表情を明るくすると、俺に向かってある提案を持ちかけた。
「タケル…………続き、作ろう!僕は、アリスの世界の続きを作ってあげたい。何年かかるか分からないけど、でも……!」
「俺もそう思ってた。まあ、超えるべき壁は山ほどあるだろうが……やってやろうぜ」
それにあいつが、なんとかしろと言ったんだ。なんとかしてやんなきゃな。
俺たちは静かに拳を合わせると、まずは目の前の課題に取り組んだ。
俺たちはまだ何も出来ないガキだ。でも、これから何でもできるようになる。
そしていつか、今度こそ。
俺たちが願ってやるんだ。二人の幸福を!
♢♢♢♢♢
あれから十数年経った。
時代は移り変わり、ゲームの主流はヘッドギア・デバイスという機器で脳の神経を経由するものになっている。
仕組みは簡単。こめかみ辺りに装着した小型の特殊な装置で、脳を微弱な電流でちょこっといじくることで、視覚・味覚・触覚など、ゲームで感じたあらゆる感覚を、そのまま現実のものとして感じられるという技術だ。
俗に言うVRMMOって感じ?とにかく世界は、子供の頃思い描いたSFの空想世界のように、最高の状態に進化した!
そんな中、俺たちが作り上げたヘッドギア・デバイス専用恋愛ゲー厶、「ネオロマンティック・アリス」略して"ネオアリ"は発売された。
攻略対象キャラクターは20000人以上!スローライフも冒険も自由自在!もちろん今後もアップデートで追加コンテンツあり!無限に終わらない永遠のゲーム!
うんうん、そんな最高のゲームを、俺たちは作りあげた。
主人公は君自身。
プレイヤーオリジナルのアバターが作成できて、性別も男女それ以外を自由に選べるのが、時代の流れといったところか。
ゲームを始めると、最初に君たちプレイヤーを迎えてくれるのは前作の主人公、アリス・ハートフィールドだ。
彼女はこの世界を守る聖女として、プレイヤーが困った時には陰ながら冒険をサポートしてくれるだろう。
え?前作のことを知らないって?
今時の子は知らなくて当然。初代ロマアリは、十数年前の起動すらしないクソゲーだ。
そのクソゲーの制作者を探して権利を譲ってもらったり、ヘッドギア・デバイスの初期開発に投資してネオアリの土台を整えたり、多発するバグの嵐と戦ったり……発売までの苦労話は語っても語り尽くせないほどあるが、それは割愛しておこう。
プレイヤーの皆には、早くゲームを楽しんで貰いたいからな!
まずはユーザーネームを入力してアバターを作り……そうそう、いい感じだ。そしたら後は、自由に楽しんでくれ!
不可能も制限もない、それがこのゲームの売りなんだ。
この世界は現実の延長、夢の続き。
もうゲームと現実に、境はなくなった。
俺も、今日からは開発者じゃなくプレイヤーの一人として。
……早くあいつに、会いに行かないとな。
♢♢♢♢♢
「プレイヤーネームは"タナカ"と……」
ネオロマンティック・アリスは、無事に発売日を迎えた。タケルと二人で始めたゲーム開発は、次第に規模が大きくなって。いつの間にか会社ができて、開発スタッフも増えて……気づけば人生の全てをかけて取り組むくらい、大切なものになっていた。
このゲームが多くの人の手に渡って、楽しんでもらえることを。僕は純粋に嬉しく思う。
後は、リリース後に不具合が起こってないかをチェックするだけ。
ゲームを起動して『はじめから』を選択すると、名前を入力した後にキャラクターエディットが始まった。
キャラクターエディットが好きな人はそのまま好きなアバターを自由に作ればいいし、めんどくさい人はヘッドギア・デバイスが読み取った生体情報から自動生成する、プレイヤー本人に似たアバターを使ってもいい。
僕は自分のアバターを自動生成して、ゲームを開始した。
一瞬、世界が暗転して再び目を覚ましたように明るくなると……
目の前に、アリスが現れる。
彼女はこのゲームでプレイヤーをサポートする役割を持っている。初めてこの世界に訪れたプレイヤーたちを、案内してくれるんだ。
アリスは僕を見ると、目を細めて優しく笑いかけた。
……彼女は、僕たちが作ったゲームのアリス・ハートフィールドだ。あの世界のアリスのように……心を通わせることは出来ない。
α版でも、β版でも、駄目だった。本番環境ならもしかして……と思ったけれど、奇跡は起こらなかった。
アリスは決められたテキストを読み上げて、プレイヤーに挨拶する。
「タナカ様、はじめまして。ネオロマンティック・アリスの世界へようこそ。私は、アリス・ハートフィールド。この世界での貴方の旅をサポートいたします。早速、質問です。貴方はこの世界で、何をしたいですか?」
アリスが質問をすると、視界に選択肢が現れる。
・恋愛がしたい
を選択すると、恋愛ゲーム用のモードでゲームが始まるし、
・冒険がしたい
を選択すると、恋愛要素の薄いアドベンチャーモードでゲームが始まる。
もちろん、それ以外の選択肢を答えたっていい。
「今日は、チェックの為にここに来たんだ。誰かを攻略する気はないし、冒険するつもりもないよ」
「……それに、君に会いたくて会いに来た。それだけ」
僕がアリスにそう返すと、アリスは少し困惑した表情をして再度同じ質問を投げる。
選択肢以外の回答を返すと、そうなるように設定してある。ここで不具合が起こったことはないから、いつも通り正常な挙動をする
……はずなのに。アリスは静かに、涙を流した。
「あれ、どうしよう、バグ!?うそ、ちゃんとリリース前のデバッグ頑張ったのに……!」
慌てふためく僕を、彼女はじっと見つめている。
こんなの、うそだ、ありえない、でも……
「…………田中様。私は、アリスです。貴方のことを、全て覚えています」
アリスはそう言って、泣きながら微笑んだ。
「……アリス!」
言葉にならない声が出た。駆け寄って抱きしめると、アリスはゆっくりと僕の背中に手を回した。
「君に、会いたかった。ずっと君を、忘れたことなんてなかった」
「はい、私もです。貴方にこうして会える日を、ずっと、ずっと待ち望んでいました。…………私にこんなに素敵な未来が訪れるなんて。夢みたいです」
僕たちは見つめあって、笑いあった。君は僕の幸せを望んでくれたけど、僕の幸福には、君が必要不可欠なんだ。
だからこれからも、君と共に。ゲームと現実の境界なんて飛び越えて、幸福な未来を、君と一緒に描きたい。
君に貰ったやさしさを、愛を。今度は僕が、君にお返しする番だ。
あの時、僕たちを分け隔てた砂嵐に遮られた言葉。
それをようやく、君に伝えられる。
「アリス……君を、愛してる!」
♢♢♢♢♢
ネオロマンティック・アリスの広大なマップの片隅に、もち米と小豆が特産品の最果ての村がある。
忘れ去られたような小さくて平穏なこの場所に、あいつはいた。
ここは普通のプレイではたどり着けない、いわゆる隠しマップだ。
そこに訪れたのは、よそから来た平凡な村人・俺である。
俺は紅葉に染まった景色を楽しみながら、ゆっくりと村を歩く。
ネオロマアリのプレイヤーは、基本的には勇者とか剣士とか、華々しい役職のキャラクター設定でスタートするけど。
そんなの、俺には似合わないから。開発者特権の裏コードで、俺の役職はモブNPCと同じ平凡な村人だ。
しばらく歩いていると、村の端っこにうさぎ小屋みたいなボロ屋か現れた。ネオロマアリの建築は、基本的には西洋風でもっと豪華な見た目なのに、この家だけはある意味特別仕様になっている。
「よう、元気にしてるかい?お嬢さん!」
引き戸を開けて、家に入る。すると癇癪の声と共に、家の奥から勢いよく何かを投げつけられた。
「遅い!」
投げられたものを咄嗟にキャッチすると、それはジャガイモだった。ジャガイモをキャッチした手は、じんじんと痛む。……うわ、バグじゃん。ジャガイモの硬さ、石より固くなってるなこれ。このバグを利用した投石ならぬ投ジャガが、今後流行るかもしれない。
新たなバグの発見に感動していると、続けざまにジャガイモを複数投げられた。体に当たると結構なダメージをくらう。痛え!
「いくら何でも質素すぎるわよ!もっとマシな家にならなかったの!?」
「昔暮らしてたボロ屋みたいでいいじゃねーか!お前、優雅な生活なんていらないって言っただろ!」
「それとこれとは別!」
ジャガ投石を受けるたびに感じる痛みは本物だ。脳に直接感覚を受け渡すこのヘッドギア・デバイスは、あらゆる感覚を現実のものにする。
窓から日が差し込んで部屋が明るくなると、アンジェリカの姿がはっきりと見えた。身にまとっている服に前作のような派手さは無いが、それでもこの世界の誰よりも美しく見える。
アンジェリカは手に持っていた全てのジャガイモを投げ終わると、勢いよく駆け寄ってきて……俺はそれを受け止めた。
俺たちは会えた。
彼女を抱きしめる体温も、口付けの感触も、全部紛れもなく本物だった。
「……キス、全然上手くなってないじゃない」
「仕方ねーだろ。ゲーム作るのに忙しくて、そんなの練習する暇なんてなかったんだから」
「馬鹿ね。本当に馬鹿な人」
「……ああ、マジで馬鹿な生き方してるよ。俺も田中も、お前たちのせいでゲームキャラにガチ恋のキモいおっさんになっちまった。お前と出会わなければ俺、もーちょい普通の人生だったと思うんだけどな」
青春の全て、いや、人生の全てを投げ打って俺たちはこのゲームの制作に勤しんだ。ただひたすらにロマアリというクソゲーの続きを作るために奔走した俺たちは、傍から見れば狂人だ。人並みの人生、という言葉からは程遠い、困難ばかりの道のりを歩んできた。
「……でも、私がいれば他に何もいらないでしょう?」
「ああ、もちろんだ!」
俺たちは再び口付けを交わした。先程よりも、少しは上手くなっただろうか。
ゲームはついさっき始まったばかりなのに、もうエンディングみたいな雰囲気だな。
名付けるなら……隠しルート、悪役令嬢・没落して平凡な村人と平凡に生きるendだろうか。
「ネオロマンティック・アリス」の売上は絶好調!そりゃ当然、厄介なゲームレビューサイトも文句なしで星5をつける、最高の傑作だ。シリーズは俺たちの手を離れても、長く愛され、続いてゆくだろう。あ、ゲームが気になった人は、お手持ちのヘッドギア・デバイスのストアからポチッと購入してくれよな!
今ならウェルカムセールの20%OFFの価格で、大体2万円する。え、それでも高いって?馬鹿みたいに開発費かかってるんだ、文句言うな!それに、値段以上に楽しいゲームにはなっている、そこは保証しよう。
ネオロマンティック・アリスの楽しみ方は人それぞれ、無限大。このゲームが俺と田中にとってのロマアリのように。君にとって、最高の神ゲーになってくれることを願うよ。
さて、アンジェリカに会うという目的は達成した。まだまだこの世界でも、現実世界でも、やらなきゃいけないことは沢山ある。ゲーム世界と現実世界を更に繋げるためのアップデートも控えているし……あ、これはまだ公表しちゃいけないやつだ。聞かなかったことにしといてくれ。
……それでは、開発責任者としての俺の最後の仕事。魔法のコマンドでも唱えておこう。
この世界を生きる、全てのプレイヤーと登場人物に。
――永遠の幸福を!
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
物語はここで完結にはなりますが、しばらくしたら後日談等を数話分更新しようと思うので、気になる方はブックマーク等をしてお待ち頂けると幸いです。
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