第1話 親友の田中が悪役令嬢になった
親友の田中が死んだ。今、俺の目の前で。
……時間をだいぶ前に戻そう。
俺、吉田タケルはクソゲー愛好家である。
世の中に五万と面白いゲームがある中で、わざわざクソみたいなクオリティーのゲームを好んでプレイする、という物好きな趣味を持っている。
そんな俺の唯一の理解者が、高校に入って出来た友人の田中龍也だった。
奴もまた、クソゲー愛好家である。
田中は俺とは違って、クソゲーをクソと思わず本当に面白いと思ってプレイしているタイプの、絶望的にセンスのない善良なクソゲープレイヤーだ。
今は誰もがゲームに親しみを持ち、趣味はゲームですと胸を張って言える恵まれた時代だ。あの子もその子も、みんな人生で一度は何かしらのゲームをプレイしている。それにも関わらず、クソゲープレイヤーの人口は極めて少ない。まあ、至極当然のことだ。誰も人生の貴重な時間を、つまらないゲームなんかに費やそうとは思わないのである。一部の少数派を除いては。
そんな少数派の俺たちが仲良くなって親友になるのに、さほど時間はかからなかった。
俺たちは部員がおらず休部状態だったゲーム部にたった二人で入部し、放課後は毎日クソゲーをプレイして過ごした。もったいない、貴重な高校時代の青春を無駄にしているって?
俺たちにとっては、このクソゲーこそが青春だ。
高校は男子校で、どうせ俺たちに可愛い彼女ができる見込みはないし。田中に至っては、女子にビビりまくりの重度のコミュ障陰キャだし。
無理に彼女を作ろうとするより、恋愛ゲームの中で恋愛でもしていた方がよっぽど有意義だ。
恋愛ゲームといえば。
最近、俺たちはもっぱら「ロマンティック・アリス」というクソ乙女ゲーをプレイしている。
内容は、中世ヨーロッパ風の世界で、主人公のアリスが様々なイケメンたちと恋をする、といったよくある感じのものだ。
このゲームがクソゲーたる所以は。色々あるが、一番はバグの多さだろう。乙女ゲームなんだから、シナリオ重視の簡単なノベルゲームにすればいいものを。
このゲームの制作者は、多くを望んでしまったらしい。
壮大な3Dマップ!攻略キャラは総勢20名!釣りや農業など、スローライフも充実!豪華フルボイス!
……という無理をした結果、デバッグの期間が少なくなってしまったのか、予算が尽きたのか。
プレイしていると、出るわ出るわ、バグの嵐に長いロード時間、キャラ数を増やしすぎたせいで薄まったシナリオ、等々。発売後のレビューは荒れに荒れ、「ロマンティック・アリス」略してロマアリは、見事クソゲーの称号を獲得した。
俺は最高にクソなこのゲームを、最高にクソだと思って楽しんでいるが。
田中は純粋に良ゲーだと思って、近頃は寝る間も惜しんでコツコツプレイしている。
田中がこういうジャンルのゲームにハマるのは意外だったが……主人公のアリスちゃんが可愛いので、楽しくプレイできているそうだ。
俺はどちらかというと、見た目で選ぶなら胸のでかい悪役令嬢のアンジェリカ・バートリー派だけど。あのキャラクターは性格が滅茶苦茶悪いので、リアルにいたら絶対に彼女にはしたくない。
そんなこんなで。男二人が男を攻略するゲームをプレイし続けるという、傍から見たら地獄のようなクソゲーライフを俺たちは謳歌していた。
そして本日、明日から高校最初の夏休みという日の放課後。俺たちは、ゲーム部の部室でいつものようにロマアリをプレイしていた。田中はロマアリに熱中しながら「ちょっとトイレ行ってくる」と、携帯ゲーム機を持ったまま椅子から立ち上がった。
おい、今シナリオの終盤だろ。面白いシーンなんだから、トイレ我慢するかセーブして一旦置くかどっちかにしろよ!と声をかけたが、田中は「わかってるー、でも今イベント中でセーブできないし、漏れそうなんだって」と適当な返事をしてそのまま部室から出て行った。
まさかあれが、田中の最期の言葉になるとは。いったい誰が想像できただろうか。
田中が部室を去ったすぐ後。廊下からどたどたと、人が転げ落ちたような大きな音がした。
「おい、何の音だ!田中!?」
慌てて音のした方へ向かうと。……田中は階段の下に、倒れていた。
「まさか、落ちたのか!?ゲームやりながら歩くから……!田中、大丈夫かよ!」
田中の元へと駆け寄るが、田中は意識を失っているのか返事がない。いや……そもそも息、してねえ!
「あ、頭打ったのか!?どうしよう、きゅ、救急車……!田中、目を覚ませ、田中!」
突然の事態に、気が動転してどう動けばいいのか分からない。近くに他の生徒はいないし、スマホは……部室に置いたままだ!取りに行かねーと、でも、田中を、どうすればいい!心臓も、動いてない。心臓マッサージか!?AEDがいるのか!?
混乱する俺の思考を邪魔するように。落下した衝撃でバグったのか、そばに落ちているゲーム機がうるさくエラー音を鳴らしている。ああ!こんな時にバグってんじゃねーよ!!
画面は、悪役令嬢のアンジェリカ・バートリーが城の階段から転落して死亡するシーンだった。
「田中は……!こんな死に方していい奴じゃねーんだよ!!!」
田中は動かない。ゲームは一際大きなエラー音を立てた後、画面に大きなノイズを走らせ……ブラックアウトした。
しばしの静寂が訪れる。田中は……
突然目を覚ました。
「田中!大丈夫か!?良かった、意識が戻ったんだな!でも、保健室!保健室行かないと!!」
田中の背中をさすって、何か異常はなさそうか様子を見る。田中は俺を見ると、鋭い目付きで睨みつけてきて……俺の頬を、物凄い勢いで平手打ちした。
「……え?」
「この無礼者!」
「た、田中?どうしたんだお前……?」
「……タナカですって?誰と間違えているのかしら。貴方、この私を一体誰だと思っているの?」
「え、た、田中……?」
「まあ、可哀想に。学のない平民なのね。いいわ、教えて差し上げましょう」
田中が急に、オネエ言葉で喋りだした。まさか、頭打って……おかしくなっちまったのか!?
「私はアンジェリカ・バートリー。……公爵令嬢のアンジェリカ・バートリーよ!」
この日、田中は。俺の親友の田中龍也は。
頭を打って、自分を悪役令嬢だと言い張るおかしな奴になってしまった。