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第13話 アリスは個別ルートに突入した



 アリスが息を吹き返してしばらく経った後。日付が飛ばされたのか、僕たちはいつの間にか学園の教室に立っていた。

 


「田中様……」


「……うん」



 僕たちは抱きしめ合いながら、倒れ込むのと同時に教室の壁に飲み込まれていく。


 全身が暗闇に覆われると、僕たちを呼ぶタケルの声が次第に聞こえてくる。


 ……ああ、煩わしい。アリスを危険な目に遭わせてばかりのくせに。僕のことなんて、もう放っておいてくれればいいのに。

 

 

 一瞬、そんな暗い気持ちが頭の中をよぎった。

 


 慌ててアリスの体を離すと、アリスは制服のしわを伸ばしてから、すっと綺麗に立ち上がった。




『昨日はお疲れ様、アリスちゃん。大丈夫だったか?一度死にかけた気分はどう?』


「生まれ変わったような、晴れやかな気持ちです。私もう、怖いものはありません」


『へえ、人工呼吸イベントが無くても、やっぱり平気なもんなんだな。……まあ、本題に入ろう。この後は、不要なイベントを飛ばして、いよいよ学園の卒業パーティー。暗殺イベントに突入する。そこで、アンジェリカに毒を仕込まれてアリスちゃんに再び命の危機が訪れる訳だが……』


「はい。毒を飲む覚悟は、もうできてます」


「タケル、それなんだけど……毒を飲ませるのって、回避できないのかな?毒を用意するのは、アンジェリカである僕な訳だし……」



 僕がアリスの飲み物に毒を入れたりしなければ、アリスが毒を飲む必要はない。当然、暗殺イベントは破綻する訳だけど……それでアリスが苦しい思いをしないで済むのなら、その方がいい。



『……それは難しいと思う。ティアラが出現するのは、アリスちゃんが毒を飲んで倒れた後。ティアラ入手のためには、そこまではゲームのシナリオ通りに進む必要がある……いや、進んでしまうと俺は考えている』


「……?どういうこと?」


『つまり俺の予想だと、このゲームにおいてシナリオの進行は()()なんだ。もし、お前が毒をワインに仕込まなくても。ゲームのプログラム上、アリスちゃんが飲むワインは自動的に毒入りワインに書き換わって……シナリオ通り、アリスちゃんは倒れると思う』


『けど、その後の解毒薬。それも同じ理論で、あってもなくてもいいんじゃないかと考えてる。前回、海岸で人工呼吸イベントがなくてもアリスちゃんが無事だったように。もしギルベルトに解毒薬を飲まされるイベントをスキップしても、シナリオ上アリスちゃんが死ぬことはないから、何も問題ないはずだ』



 ……それは違う!あの時、本当にアリスの心臓は止まっていた。あのままアリスを放っておいたら、どうなっていたか分からない。このバグまみれの世界で、シナリオが()()だと、僕には思えない。アリスが助かったのは、僕が居たからだ。タケルは僕が、アリスに人工呼吸したことを知らないんだ。



「タケル、待ってあの時は……」


 

 タケルに声をかけようとした瞬間、アリスは首を横に振って僕の言葉を止めた。そしてアリスは僕に近寄って、タケルには届かない小さな声で耳元に囁いた。



「(タケル様が私の身を案じて動けなくなるようなことがあれば、進行に支障をきたします。私は、平気ですから。それに、シナリオ通り解毒薬を飲まされるのは……私、嫌なのです。ですからどうか、何も言わないでください。田中様、お願いします)」



『田中、どうかしたか?』



 アリスの意思は尊重したい。けど、君がまた命の危険に晒されるのは嫌だ。僕はどうしたらいい?僕が毒を入れないことで、解決するのならそれが一番だ。でも、僕の意に反して、何らかの事情でアリスの飲み物に毒が入る可能性も否定できない。僕に出来ることは……




「……タケル、ごめん。何でもない。……でも、もしイベントを飛ばす可能性があるなら。念の為、どこかで解毒薬を入手しておきたい。それでもいいよね?」


『ああ、分かった。そうしよう。何事にも保険はあった方がいいからな。でも解毒薬なんてアイテム、どこから取ってくるんだ?ショップ画面で買えるものではないし……』


『解……毒薬…………?』



 空間に、僕の……アンジェリカの声が響く。毒を用意した本人である彼女なら、解毒薬の在り処も知っているのだろうか。




『どうした、アンジェリカ?また、何か思い出しそうなのか!?』


『私は、それが必要なの、じゃないと、ジェシカが……ジェシカが……ああ!』


『ジェシカ?ジェシカがどうかしたのか!?』



 アンジェリカは何かを思い出して、パニックになってしまったようだ。聞こてくる声にはノイズが乗っていて、ぶつぶつと途切れている。



『悪い、田中。アンジェリカの調子が悪い、今日の進行はここまでだ。解毒薬について、そっちでも何か情報がないか調べてみてくれ。じゃあな!』



 タケルはそう言うと、バグ空間を解除した。

 ゲームからも手を離したようで、いつもならすぐに中庭へ駆け出すアリスも、操られることなくこの場に留まっている。



「田中様……これから、どうしましょう」



 解毒薬の在り処が分からないなら、このままイベントに進むのは危険だ。何か、情報を掴む必要がある。……ヒントはきっと、アンジェリカの言葉だ。



「僕、ジェシカの様子を見てみるよ」


「では、私も何か探索を……」


「君はもう、疲れてるでしょ?あんなに大変なことがあった後だから、今日はゆっくり休んだ方がいいよ。タケルも、しばらくは戻ってこないだろうし……アリス、後は僕に任せて」


「……わかりました」



 時間が来て、僕達はそれぞれの帰路に着く。

 家ではいつものように、お人形のジェシカがベッドに横になっている。今のところ、特に変わった様子はないけれど……


 ベッドの横に、一枚の封筒があることに気がついた。



「……招待状。僕と……ジェシカに?」



 封筒の中身は、学園の卒業パーティの招待状だった。詳しく読むと、皇帝の婚約者である僕とその妹のジェシカには、特別な待遇が用意されているらしい。



「滞在用のお部屋は、城内に前日から用意……」



 この招待状の通りに、僕とジェシカが行動するのならば。パーティの前日から当日にかけて、ジェシカもこの部屋を出て共に城にいるということになる。だとしたら、あの暗殺イベントの瞬間も……



「……君はお城に、いたんだね」



 目を閉じて眠るジェシカの頭を撫でる。もちろんジェシカから言葉は帰ってこない。君は死んでしまったお姉さんを見て……何を思ったのだろう。アンジェリカはジェシカを置いて死ぬことが、どれほど無念だっただろう。


 分からない。アンジェリカには大切なジェシカがいるのに、あの場でアリスを暗殺しようとするだろうか。想い人を取られたからって……人を、殺そうと思うのだろうか。……きっと違う、アンジェリカはそんな人じゃないと、僕はそう思う。あのシナリオは、どこか腑に落ちない。



「……物語は、主人公であるアリスの視点からしか語られてない。アンジェリカが、あんな凶行を起こすような何かが……舞台の裏側で、起こっているのかもしれない」



 卒業パーティ前日のアンジェリカの行動について知っている人は、誰もいない。描かれていないんだ、あのゲームでは。


 何故、アンジェリカはああなってしまうのか。ジェシカに、何が起こるのか。悪役令嬢アンジェリカの最期は、あれで本当に良かったのか。……このゲームがプレイヤーに伝えられなかった何かが、どこかに存在してる。



「……それを観測できるのは、きっと僕だけだ」



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