08 ー魔導戦ー
冗談じゃない。貴族が自らの名を賭けた魔導戦を申し込むというのはつまり、命を賭けるのと同義だ。
…魔導戦とは本来、自らの命を持って魔導力を示し、貴族の矜持を通すという古い慣習である。
時代の流れの中で廃れ、長らく行われていない慣習であるが、王国の法としても定められている。
ー魔導戦を挑む者、自らの名を賭けるものとするー
ー魔導戦を挑まれし者、自らの魔導力を持って矜持を示すべしー
つまり断るための法がない。この法を作った奴は相当の馬鹿であると断言する。
廃れるのも頷けるというものだ。
「ちょっ…!ダメです!だって、こんなフェアじゃない勝負… それに魔導戦って、模擬戦とは違うんですよ!?」
ユキがわーわーと騒いでいる。
ーさて、どうしたもんか? 俺には貴族と違って失う地位も名誉も無い。彼の気がすむ程度にボコられて、適当に敗北宣言すれば終わるだろうか?
「ウィンタエア、これはもはや君が口出しする問題では無い。無能とはいえ、これもこの学園に通う魔法の輩だ。フェアでないというのならさっさと消えておけば良いものを。」
「いや… フェアってそういう意味じゃ…」
反論するユキを黙殺し、こちらを一瞥すると言葉を続ける。
「それに、いい加減うんざりしているのだ。私だけではなくこの学園の全員がな。…なぜ奴のような無能が、我らとともに席を並べているのだ?魔法という神の法を愚弄しているとしか思えん。間引くのがこの王国のためというものだ」
言いたい放題言ってくれる。今更言い返す言葉もないので聞き流す。
これ以上長引いても面倒だし、さっさと…
「いい加減にしてください。」
底冷えするような声が響く。
「黙って聞いていれば勝手なことをぐちぐちと… 貴方がシズクの何を知ってるの?」
…いや、実際に周囲の気温が下がっている。
「口の利き方に気をつけたまえ。君の魔導力は認めているが、身分というものを弁え…」
「黙って」
室内だというのに雪が散らついている。ユキの足元を見るとうっすら霜が降りていた。
ユキを中心に、嵐の如き力の奔流が溢れる。相変わらず視ているだけで呑み込まれそうだ。
…最も、カリダムはそれに気付かない。
ユキ本人でさえ、自らを中心に渦巻くその力に気付いてもいないだろう。
…放っておく訳にもいかないか。
俺はユキの肩にポンと手を置き、耳元に顔を寄せる。
「ユキ、寒いぞ」
そう呟いた瞬間、荒れ狂う力の渦がまるで凪いだように治まる。
「あっ… ごめん… 僕、またスーって…」
ユキは申し訳なさそうに呟き、俺の胸元に身を寄せる。
「いいさ。いつものことだし… それと、喧嘩を売られたのは俺だ」
そう言って俺はカリダムに向き直る。
「お待たせしました。カリダム様。ここは冷えますし… 外に行きましょうか?」
「ふん… そのままウィンタエア君に任せた方が良かったんじゃないか?」
笑みを浮かべて挑発してくるカリダム。
「いえ、売られた喧嘩を女の子に投げるなど男の恥でしょう。それに…」
そこで言葉を切る。
「貴方程度じゃユキに勝てない。いえ、勝負にすらならないと断言しましょう」
「…無能がよく吠える。オーガの威を借るゴブリンといったところか?」
先程の意趣返しのつもりが流されてしまった。すでに負けた気分だ。
密かに敗北感を味わっていると、先を歩くカリダムが足を止める。
「…だが、侮られたままでは私の名誉に差し障る。…ウィンタエア君。この無能を排除したら、私と一戦如何かね?もちろん魔導戦ではない。模擬戦だが」
前言撤回。バッチリ効いているようだ。案外ちょろいなカリダム様。
ユキはもういつもの調子で、人懐っこい笑みを浮かべながら答える。
「あはは、冗談ですよね?シズクも言ってたけど、僕に勝てる訳ないじゃないですか。それに…」
笑みを浮かべたままさらりと毒づき、そのまま一瞥をくれ、当然のように続ける。
「僕に勝てないのに、シズクに勝てるわけありませんよ?」