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57 ー出発ー

「やあ、待っていたよシズク」

セッターが執務机に座ったまま、自らの背後に声を掛ける。

夕刻のやり取りはもう忘れたと言わんばかりの、いつも通りの態度だ。

「…約束の時間にはまだ早かったと思うが」

シズクは今しがた通り抜けた窓を音を立てずに閉め、この部屋の本来の入り口まで歩いていく。

「僕が待ちきれなかっただけさ。…にしても、毎回毎回、窓から入るのも大変じゃないか?素直に扉から入ってくれていいんだよ?」


カチリー 扉の外、廊下に誰もいない事を確認し鍵を閉める。


「ここに来るまでに誰かに見つかったら面倒だ。無駄な言い訳に労力を使うくらいなら窓から入った方がマシだ」

シズクは執務机の前に用意された椅子に腰掛けて足を組む。自分の雇い主の前で随分な態度だが、セッターも今更咎める事はない。

「ふむ… シズクがいいなら良いけどね。せめて僕の執務室を一階に移そうか?」

「余計な気を回さなくて良い。…明日も学園があるんだ。さっさと仕事を済ませたい」

シズクが答えると、セッターは愉快そうに口元を歪める。

「休んでしまえば良いじゃないか?ユキはいつも、シズクは学園でも寝てばかり〜 と文句を言っているよ」

からかう様な口調で娘の愚痴を暴露するセッター。

「俺も休みたいんだがな。そうするとユキがうるさいんだ… 何とかしてくれ」

肩を竦めるシズクだが、娘には敵わないと笑うセッターを見るともはや何かを言う気も起きない。


「さて、シズクの朝も早い事だし、早速仕事の話をしようか?」

セッターがぽんと手を打ち、本題へと移る。

シズクは何も言わずに居住まいを正す。

「今日の相手は中級貴族だ。取引が禁止されている亜人の奴隷を売り捌いているらしい」

セッターがサラリと口にする。全体の口調こそいつも通り丁寧だが、言葉の端々に憎悪と侮蔑が浮かんでいる。

「僕の情報網によると、今日これから亜人奴隷のオークションを開くらしいね。…君はいつも通り仕事をしてくれれば良い」

標的の貴族はセッターと直接の関係はない。だが、全ての貴族… いや、この国そのものを憎むセッターは、裁くべき理由を見つけては今回の様に依頼を行う。


話し終えたセッターは、懐から1枚の金貨を取り出し机に置く。

「いつも通り『マルク』に依頼書を預けてある。詳しいことは依頼書を見てくれ。…ああ、今回の相手は1人だけど、事故なら仕方ないからね?どうせ全員亜人奴隷のオークションに来るゴミ共だ」

笑顔で告げるセッターだが、シズクはそれを軽く聞き流す。

「タダ働きは御免だ。邪魔をするなら別だけどな」

机に置かれた金貨を摘み上げると、話は終わりとばかりに窓に向かう。

「それじゃシズク、気をつけて。…まあ、君にとっては無用の心配だと思うけどね」

背中に受けた声に返事をする事なく、シズクは窓から身を躍らせた。

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