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55 ー復讐ー

「それでセッター様。エリーナに頼まれた仕事というのは?エリーナの所に向かえばいいですか?」

子供達が見えなくなるまで手を振っていたセッター様に尋ねると、ようやくこちらに向き直る。

「あー、すまないね。実は、エリーナが呼んでいるというのは嘘なんだ」

言葉とは裏腹にあまり申し訳なさそうではない。…とはいえ、俺もそんなことだろうと考えていたので特に何も思わない。

「まあ、そんなことだろうと思っていましたが… それで、本当の要件は何です?」

俺が尋ねると、セッター様はいつも通りの笑みを浮かべながら答える。

「いや、今日は用事があるわけじゃないんだ。このまま部屋に戻って休んでくれていいんだよ。シズク」


俺たち2人しかいないからか、普段より砕けた様子だ。だが、部屋に戻れというのはどういうことだろうか。

「…嫌がらせですか?」

訝しげに尋ねると、セッター様は慌てた様子で首を振る。

「違う違う!…今日の夜、シズクを僕の部屋に呼び出していたろう?今夜も大変な仕事になるからね。それまで休んで…」

そんな事を、こともなげに口にするセッター様。

すぐさま周囲の魔力を視認。人が居ないことを確認すると同時に魔力を操作。『静音』魔法を模した魔力壁を構築し、俺たちの声が漏れないようにする。


「…セッター様。わざわざ面倒なやり取りを通してまで俺たちの関係を隠しているんです。それをこんな所で漏らすなんて何を考えているんですか?」

魔力操作のためにかざした手をズボンのポケットに戻しながら、セッター様を睨みつける。

「おっと… うっかりしていた。すまないね」

俺に睨まれたセッター様は、肩をすくめて謝罪する。

「でも、あんまり気にしなくてもいいと思うけどね?…この屋敷に、僕の不利益になるようなことをする人間が居るわけがない」

いつもと同じように、柔和な笑みを浮かべながらさらりと口にする。だが、セッター様がそれで良くても、俺にとっては全く良くない。


「貴方は使用人達に好かれてますからそれで良いかもしれませんが、俺はそうじゃないんですよ。ただでさえ無能と嫌われているのに、セッター様の部屋に呼ばれるほど贔屓されていると知られたら余計面倒になる」

俺の不利益になるような情報を知ったら嬉々としてばら撒くだろう人間が、少し考えただけでも両手の指で足りない程度には思いつく。…自分で言ってて情けないが。


「…やれやれですね。君にそれほどの力があると知っていれば、盾突く人間など居なくなるだろうに」

肩をすくめて残念そうに呟く。そう、セッター様は俺に魔力を操る力がある事を知っている。

「代わりに貴方のような考えを持つ貴族がわんさか寄って来るでしょうね。セッター様が俺を守るために、上級貴族や王族を相手取って戦ってくれるというなら考えますが」

「おっと… 流石にそれは荷が重い。もっとも、君ならこの国の全てを更地にして逃げることもできそうですがね」

笑いながらとんでもないことを口にする。

「冗談じゃない。俺は今の生活が気に入っているし、世界を敵に回してまで生きようとは思わない」


そう答えると、セッター様は思いの外真面目な顔をする。

「君こそ冗談を言うな。…この世界に、君1人の命を天秤にかけてまで守る価値があると?」

いつもは柔らかく細められている目が開かれ、まるで血のような深紅の瞳が俺を射竦める。

セッター様は話しながらつかつかと距離を詰め、俺の肩を強く掴むと顔を寄せてくる。

俺もそこまで背が低いわけではないが、セッター様は中々の長身だ。背丈の差もあって、覆い被さられているような圧迫感を覚える。

「忘れるなよシズク。この国は、この世界は… ニクスを、僕の妻を奪ったんだ。そんな世界よりも死を選ぶなど、冗談でも口にするな」


俺は何も答えず、ポケットの中でほんの少し指を動かして魔力を操作する。

肩を掴んだ腕が身体ごと弾かれ、セッターがよろめきながら2、3歩後退った。解放された俺は服についた皺を伸ばしながら、冷ややかな視線を向ける。

「…貴方が自らの復讐に俺を使うのは勝手だ。だが、復讐心まで共有した覚えは無い」

そう呟くと、答えを待たずセッターに背を向ける。

「それでは失礼。また夜に」

何か言いたげな気配を無視して、俺は部屋に向かって歩き出した。

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