54 ー呼び出しー
「…おい、いい加減降りろ」
校門まで歩いた所で、自らの背中に向かって声を掛ける。
その声を聞き、気のせいでもなんでもなく俺の背に掴まっていたユキがひょいと飛び降りる。
「よっと。うーん、これから何か食べにいくより、家に戻って何か食べた方がいいかな?」
ユキは俺の隣に並ぶと何もなかったかのように話し出す。まあ、いつものことなので今更何かを言うつもりはない。
「買い食いするほど懐に余裕もないし、俺も部屋で適当に済ませるかな」
「え?一緒に食べようよ」
そう提案してくるユキ。
…何度言い聞かせても一向に聞こうとしないな。変な所で頑固な奴だ。
「何度も言ってるだろうが。俺は一介の使用人なんだ。特別扱いするとお前の評判にも差し障る」
まあ、今更手遅れだとは思うが。そもそも魔導力がモノを言うこの国で、ユキに対して大っぴらに文句を言える人間など少ない。
が、ユキに対してぶつけられない理不尽な憤りは全て俺に来るのだ。今更気にしても仕方ないが、正直勘弁してほしい。
「僕は評判なんか気にしないんだけどねぇ…」
肩を落とすユキだが、ここで引くつもりは無い。
「俺が気にするんだよ。腐ってもウィンタエア家の使用人だからな。主人が悪し様に言われるのは避けたい」
「え!?それってもしかして僕のためって事!?…うぇへへ」
俺の呟きを聞いたユキが、妙な笑い声を上げてモジモジと身体を揺する。正直気味が悪い。
「あーそうそう。お前のためお前のため」
適当にあしらいつつ家路につく。そんな対応に不満の色を滲ませるユキであったが、頭をぐりぐりと撫でてやるだけですぐに機嫌を直すのであった。
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「シズクくーん!そろそろ時間だよー」
ウィンタエア邸に帰宅したシズクは、部屋でいつも通りのトレーニングを行っていた。
そんなシズクをいつも通り迎えに来たカミルが、ノックと同時にドアを開けながら声を掛ける。
「ん?もうそんな時間か?」
窓枠の縁に指一本でぶら下がり、懸垂を行なっていたシズクが音も無く着地する。
常人であれば目を疑うような光景であったが、すでに見慣れているカミルは気にすることもなくシズクにタオルを手渡した。
タオルを受け取りつつ、左手を軽く握り感触を確かめる。模擬戦で負った傷はユキの治癒魔法により完全に治っているようだ。まあ、ユキの魔導力で治せない傷など存在しないだろうが。
さっさと着替えを済ませ、カミルを伴って外に出る。
そのまま仕事場に向かおうとしてー
「ああ、シズクくん、カミルくん。これから仕事ですか?」
いつものように、子供を引き連れたセッター様に呼び止められた。また執務室から抜け出してきたのだろうか。
「セッター様!」
跪こうとするカミルを制し、こちらに目を向けるセッター。
「…ああ、そんな顔をしないでくださいよ。今日は抜け出したわけではありませんよ?」
何も言っていないのに釈明を口にする。
「今日は…って、セッター様…」
カミルの顔に、「いつもは抜け出してるんですね」と書いてある。
セッター様は頬を掻きながら、誤魔化すように明後日の方向に視線を向けた。
「っと、そういえば、私は今エリーナに言われて人手を探しているんだった。えっと… 力仕事がありそうだし、シズクくん来られるかい?」
どうやら本当に抜け出してきたわけでは無かったようだ。それにしても…
「セッター様、なんでわざわざ姉さんのお使いを?」
カミルが青くなって尋ねる。どうやら自分の姉が主人をこき使っている事に驚いたようだが、俺からすればいつものことだとしか思わない。
「大方、セッター様の仕事を代わりにやらせた埋め合わせと言ったところでしょう。毎日のように抜け出して子供と遊んでいるからそうなるんです」
俺がため息を吐きながら指摘すると、口笛を吹きながら顔を逸らす。子供のような誤魔化し方だ。
「ま、まあ、私の事は置いておきましょう。シズクくん、ついてきてくれますか?勿論本日の業務の代わりですから、私から話を通しておきます」
俺としては断る理由もないので特に考えることもなく頷く。
「さて皆さん、申し訳ないのですがこれからどうしても外せない用事があるのです。遊んであげられなくて心苦しいですが、今日はここまでで…」
「何言ってんだセッター様!俺たちと一緒になって遊んでないでお仕事をちゃんとしてくれよ!」
「そうです!あたしたちがエリーナお姉ちゃんに怒られちゃうんだから!セッター様を甘やかさないでくださいって!」
「シズク!お前からもちゃんと言っておいてくれよ!」
…子供達の方がしっかりしているんじゃないか?何にせよ、慕われているのだろう。
セッター様に一通り注意すると、子供達は俺とセッター様に手を振りながら去っていった。使用人寮に併設された託児所に向かったのだろう。




