51 ー致命ー
・
・
・
ーシズクはトントンと爪先で軽く地面を蹴り、前方の相手を観察する。
余裕を感じさせつつも、油断なく構えられた斧。
相手がどのような動きを見せても、正面から叩き潰すと言う意思が感じられる。
対するこちらは素手。リーチの差は絶望的だ。おそらくこちらの拳が届く遥か前に、あの斧は振り抜かれるであろう。
この差をどう覆すのか?…実に簡単な話だ。斧が振り抜かれるよりも速く懐に飛び込み、致命打を与えればいいだけ。
おそらく誰かが聴いていれば一笑に付したであろう。言うは易しというヤツだ。
…だが、シズクにとってそれは、単に自分がやらねばならない事を言語化しただけの話。
斧よりも速く飛び込み、致命打を与える。それを実行する必要があるなら、そうするだけの話だ。
再びトントンと地面を蹴りー直後、地面が砕ける程に強く踏み込む。
普通に歩いて10歩程度掛かるであろう距離をただ一度の踏み込みで殺す。
相手は未だ、先程と同じ体勢で斧を構え、同じ表情で佇んでいる。一瞬のうちに移動したシズクを全く追いきれていないようだ。
一瞬の後、ようやくシズクが消えたことに気付く。
だが、気付いた時には既に、シズクは2度目の踏み込みを済ませている。視界に映ったのは踏み込みの際に舞った砂埃だけであろう。
…彼の懐には既に、シズクが潜り込んでいる。
振り抜かねばならぬはずの斧は、構えた瞬間から全く変わらぬ位置にある。
右脚を杭の如く、地面が砕ける程に打ち込み、大地から伝わる力を余す事なく右腕に送り込む。
振りかぶられた右手のひらは、刹那の溜めの後、霞むほどに速く、強く撃ち出される。
ドボッ…!!
狙った箇所… 即ち腹部。寸分違わぬ位置に、掬い上げるように叩き込まれた掌底。手のひらから感じる重い衝撃は、その一撃が狙い通りの効果を生んだことを知らせる。
分厚い毛皮や皮膚に守られた獣にすらダメージを与えるその一撃は、人間が生身で受けられるものでは到底無い。
内臓を破裂させ、背面にあるはずの背骨すら折り砕く。
まさに確実な致命傷。それを示すかのように、一瞬だけ浮いた彼の身体が地面に叩きつけられる寸前、結界が発動し、エリアの外に転移する。
彼はエリアに残るシズクを呆然と見遣り、次いで傷一つ無い自らの身体を見下ろした後、完全な敗北を悟ったのであった。




