43 ー忘れた方がいいことー
「やあシズク、ウィンタエア君!昼食はもう食べてしまったか?」
昼時も半ば程過ぎた頃、講義室の扉を開くなり声を掛けてきたものがいる。
…フェーゴだ。
いきなり貴族が声を張り上げたせいで、講義室に残っていた平民全員と、一部下級貴族がギョッとした顔をしている。
その中の数人は、昨日行われた魔導戦の目撃者なのだろう。
件の2人が親しげにしているのを見てそわそわしている。
…緘口令を敷かれているので反応はできないが、やり取り自体は気になると言ったところか?
最も、フェーゴの友人となった朝の一件を見ていない者からすれば、殺し合いをしていた2人が急に気安い仲になったようにしか見えない。当事者でもなければ混乱するのも無理はないだろう。
無駄に注目を集めたくないが、名指しされている状況で無視するのもそれはそれでおかしいだろう。
ここは出来るだけ速やかに、講義室を離れるのが最善とみた。
「あ!聞いてよフェーゴ君!先生がさムグッ!?」
余計な事を言いかけたユキの口を塞ぐ。その話はさっき終わっただろう。
「ご機嫌ようフェ… カリダム様まだ昼食は済ませていませんので速やかに済ませようと思いますそうしましょうさあユキ行くぞすぐ行くぞ」
「む?どうしたんだシズク。私達の仲だぞ?今更そんな言葉遣いをおっとっとっと」
俺は早口で答えると、ユキを小脇に抱えフェーゴの背を押しながら講義室を抜ける。
…扉を閉める際、呆然とした顔をした生徒たちが見えたが気にしないことにした。
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「…ふむ、教師の緘口令か」
俺たちは比較的人通りの少ない場所に訪れると、先程の会話内容をフェーゴに話した。
「ねぇ酷いと思わない?シズクの活躍を無かったことにするなんてさぁ!」
怒りがぶり返したのか、語気を強めるユキとは対照的に、フェーゴは顎に手を当てて冷静な様子だ。
「…敗者である私が言うのは恥だが、教師達の対応は正しかったと思う」
「ああ、俺もその通りだと思う」「フェーゴ君まで!?」
正反対な反応を見せる俺たちを手で制し、フェーゴは言葉を続ける。
「ウィンタエア君の怒りも尤もだ。力ある者が、その力を認められない事ほど理不尽な事はない。…だが、事が事だけに、教師達が慎重な対応を取ることは間違っているとは思えん」
そんなフェーゴの言葉を引き取る。ユキも、問題の当事者である俺から聞かされた方が納得しやすいだろう。
「なあユキ。貴族を貴族たらしめるのは、平民よりも格段に高い魔導力だろ?つまり、貴族は平民よりも強いんだ」
この国に生きる者にとって至極当然な内容を言い含める。もちろんユキにとっても常識であり、特に思うところはないらしい。
「そこに、例外とはいえ貴族を打ち負かす平民が出てきた。…それも、魔法が使えない無能がな。そんな事が広まれば、どうなると思う?」
そこまで聞いて得心がいったのか、ユキは軽く目を見張る。
「魔法が使えなくても貴族を倒せるなら、少しでも魔法を使える俺たちはもっと簡単に貴族に勝てるだろう…そう考える者が出てきてもおかしくはないだろうな。そして、貴族達はこう考える。…危険の芽は摘むべきだ、とね」
フェーゴが頷きながら意見を述べる。
「という訳だ。大袈裟かもしれないが、この国そのものを揺るがしかねない。下手すれば俺もフェーゴも闇に葬られるかもな」
そう諭すと、ユキはようやくこの問題が深い闇を湛えていることに気付いたのか、少し青くなりながらコクコクと頷く。
「うむ、シズクの意見は極論かもしれないが、それなりの危険性を孕んでいることは間違い無い。私を打ち負かした相手が認められないのは些か業腹ではあるが、致し方あるまい」
フェーゴも頷いている。今朝は学園の強者を片っ端から倒せなどといっていたが。
…フェーゴは俺の意見を、ユキを脅かす為に大袈裟な物言いをしただけだと思ったようだが…
あの王族なら、俺とフェーゴを消す程度の事はなんの躊躇いもなく実行するだろう。最悪、ユキを含めたあの場にいた全員を…
「とにかく、昨日のことはもう忘れた方がいい。いいな?ユキ」
軽く頭を振って最悪な想像を追い出すと、俺はユキにもう一度釘を刺した。
だが、人の口に戸は立てられないとも言う。…何事も起こらなければいいんだがな。




