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38 ー登校ー

ウィンタエア邸に帰宅すると、俺はいつも使用人寮に備え付けられている浴場で汗を流す。

「…今日はいつもよりハードだったし、湯船に浸かろうかな。…はは、朝っぱらからデカい風呂に浸かるってのも贅沢だ」

服を適当に脱ぎ、脱衣所に用意された籠に放り込みながら呟く。


男子寮と女子寮のちょうど中間にあるこの大浴場は、屋敷の主であるセッター様の厚意でいつでも使用することができる。

お湯は自分たちで用意しなければならないため、数人が集まって『流水』魔法や『沸騰』魔法でお湯を用意している光景をよく見る。また、高い魔導力をや水の紋章を持つ者であれば『熱湯』魔法を用いて直接お湯を張ることもできるが、この大浴場の湯船を一杯にするほど魔法を持続させるのは難しいようだ。なお、1人でお湯を張れる程の魔導力を持った一部の使用人は他の利用者から神の如く崇められているという。…特に女性の使用人から。


さて、そんな住み込みの使用人たちに人気のスポットだが、流石にこの時間に入るのは俺くらいなもので毎朝のように泳げる程の湯船を独占できる。普段はお湯を溜めずに汗を流すだけだが、今日のトレーニングはハードだったしたまにはいいだろう。

魔法を使うことができない俺は、いつもは誰かが張ったお湯に寄生しているが、誰もいなければ魔力の出番である。


「まあ1人だし、半分も溜めれば十分か」

俺は手のひらを空の浴槽に向け、少し熱めのお湯をイメージすると、魔力がざわめき何もない空間からとめどなくお湯が溢れ出す。

お湯が浴槽の半分ほどを満たすのを確認し、向けていた手のひらを返し拳を握ると、空中から出現していたお湯が止まった。

そのまま浴槽に向かい、足を入れー

「おっと、忘れてた」

ーるまえに、軽く身体を流さなければならない。

「誰もいなくてもマナーは大事、ってな」

俺は以前ユキから言われた小言を呟くと、人差し指をひょいと動かし、湯船から桶一杯分程度のお湯を浮き上がらせる。そのまま俺の上まで移動させると、頭からバシャリと被った。

「ぷはっ… よし、これでユキにも文句言われないだろ」

俺はこの場にいないはずのユキを気にしながら湯船に浸かり、ゆっくりと足を伸ばした。


「…ん?」

浴場を出て部屋に戻ると、扉の前で奇妙な違和感を覚える。

…部屋の中に漂う魔力に何者かの痕跡がある。

(泥棒か?…盗る物なんてないんだがな)


俺は魔力に集中し、部屋の中をざっと視る。

(魔力の感じからして敵意や害意はないようだな。ん?これは…)

部屋から見覚えのある魔力の痕跡を発見する。

(…何やってんだアイツ)

どうやら不法侵入した人物はいまだに俺の部屋の中にいるようだ。しかもよくわからない場所に。

(また悪戯でもするつもりか?…よし)

俺は極力音を立てないように部屋に入る。中には一見誰も居ない。

…だが俺の目ははっきりと痕跡を捉えている。

足音を一切立てないように、物置にしている小部屋に向かう。

ゆっくりと扉に手を掛け…


「ばああーーーーん!!!」

「おわあああああああああ!!!!」


…中にいたユキが予想以上に大きな悲鳴を上げて飛び上がる。逆に俺が驚いたわ。

「な…!なななななななんなのなの!びっくりしすぎて天井に頭打ったんだけど!?」

「なんなのなのはこっちのセリフだ。何やってんだお前」

物置で頭を抱えるユキに冷ややかな目を向けて問うと、バツが悪そうに目を背けた。

「いや… えっと、そう!寝坊助なシズクを起こしてあげようかと…」

いかにも取ってつけたような理由を口にするが、俺が誰よりも早く起きて日課のトレーニングをしていることはユキも知っている筈だ。…大体、それが本当だったとしても物置に隠れる理由にはならない。


「はぁ… 大方戻ってきた俺を脅かそうとしたって所だろ?子供みたいなことをしやがって。ほら、準備するから出てけ」

物置からユキを追い出すと、放り込んである学園用の服を探す。

…ん?ないぞ?

「アレ?ユキ、俺の服どこに…」

「そういうと思って用意してあるよ!はい!」

振り向くと、ユキがどことなく焦った様子で俺の服を差し出してくる。

「ん?ああ、ありがとう」

おかしな奴だと思いながら服を受け取り、さっさと着替え始める。

「ちょっ!?まだ僕がいるんだから脱ぎ始めないでよ!」

ユキが抗議してくる。今更気にするような間柄でもないだろと思うが、そういうなら一応配慮するのが正解だろう。

俺は一旦着替える手を止め、ユキが部屋を出て行く間を作る。


…?

「おい、さっさと出てけよ。何やってんだ?」

一向に出ていかないユキ。見ると顔を手で覆っている。

「あ、いや、僕は顔を隠してるから、シズクは気にせず着替えちゃっていーよ」

何がしたいんだコイツ?まあいいや。気にするなというなら後から文句を言われる筋合いもない。

俺は止めていた手を動かし、着替えを済ませる。

…なんとなく視線を感じるが害はないので放っておく。


「待たせた。行くか」

さっさと着替えると、机の横に置いてある何も入っていない鞄を掴む。

元々教科書の類は学園の机に置きっぱなしだし、それも昨日のカリダムとの一件で灰になった。

鞄など持っていく必要はない気もするが、癖というものは抜けないな。


「シズク、朝ご飯は?」

寮を出ると隣を歩くユキが声を掛けてくる。

「食ってない。腹が減ったら適当に済ませるさ」

あと単純に買い食いできるほどの金が無い。

「えー… なんか食べない?僕お腹空いちゃったんだけど」

「いや… お前は朝飯食った筈だろ?」

そう指摘するがユキはさっと目を逸らす。

「…甘いものは別腹って言うじゃん?」

「太るぞ」

どうやら朝っぱらから甘味を貪るつもりだったらしい。

「太りません〜 全部身長に回る予定です〜 …あと、女の子に太るとか言わないの」

ぶーたれているが、伸びる予定とやらの身長は入学してから1センチも伸びていないことはすでに知っている。最も、体重も変わっていないようだが。

…普段からアレだけ食って身長も体重も増えないって、どこに消えてるんだろうか。

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