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36 ー最期ー

『霧猪』は、目前に迫る敵から大きく距離を取る。

…なんなんだコイツは!?

今まで数多の獲物を仕留めてきた自分の攻撃が全く通用しない。

今まで喰ってきた獲物共は、自分が死んだことすら気付かなかったのに。

それを、大きさなど自分の半分にも満たないだろうコイツはまるで後ろにも目があるように避ける。全てを貫くはずの攻撃は爪すらもない細腕を振るうだけでかき消されている。


…だが、奴には遠くを攻撃する手段はない。距離をとって攻撃し続ければいつかは倒せるだろう。

『霧猪』はそう判断し、距離を保ったまま走り出す。

奴を中心に走り回って、攻撃をし続けるのだ。


その判断は正しい。…相手が自分よりも格上の「化物」でなければの話だが。

十分に距離をとった『霧猪』は、なおもゆっくりと歩みを進める敵から一瞬だけ進行方向に目を向ける。

「ーーー!?!?」

口から漏れ出たはずの悲鳴は、自らの『静音魔法』のせいで耳には届かない。


目の前には… 遥か後方にいたはずの敵が居る。

本来であれば、自らの巨体で押し潰すことを選択しただろう。

だが正体不明の感情がそれを拒む。

脚を、身体を、そいつから少しでも離れるべく真横に向きを変える。


右腕を振りかぶるのが見えた。

その目からはなんの感情も読み取れない。

そいつの口から鳴き声が漏れる。


「魔力刃『流星』ー」

意味はわからない。

そいつの姿が、漂う霧に溶ける。


背後で、地面を踏む音がする。


振り向けない。身体が動かない。


ーーー。


なんの音もしない。視界が地面に向かって滑った気がする。


ーーー。


なんの音もしない。顔が地面に触れた。倒れてしまったのか?何も感じない。


ーーー。


なんの音もしない。転がるように、視界が回る。


「ーーー?」


なんの音もしない。目に映るのは、変わらず四足で大地に立つ己の身体。


首は、無い。


「ーーー!!!」


自らの口から血の泡が溢れた。やはりなんの音もしない。


最期に見たのは倒れゆく自分の肉体と、こちらに目すらも向けない小さな背中。


ドシャッー


視界が闇に覆われる瞬間、確かに聴いたそれは、きっと自分の身体が崩れ落ちた音だろう。

確かめる術は、もう無い。

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