32 ー1日の終わりー
仕事が終わり、浴場で汗を流し部屋に戻ると、床に見覚えのないものが落ちている。
(封筒か…)
どうやら留守にしている間、何者かがドアの隙間から差し入れたようだ。
表、裏どちらを見ても、何も書かれていない。
よく視ると、微かに魔法の痕跡が見て取れる。
(…害は無さそうだ。これは…現状維持魔法だな)
掛けられた魔法は、結界魔法の1つである『現状維持』の魔法だった。
物体が掛けられた瞬間の状態を維持し続けるという魔法で、手紙を入れた封筒に掛ければ、解除されるまで誰も中身を見ることができなくなる。そして、解除することができるのは術者本人か、術者を上回る魔導力を持つ者だけだ。
…つまり、これは確実に俺宛ということだ。
シズクは封筒に掛けられた現状維持魔法を、構成している魔力を分解することで解除する。
ただの封筒と化したそれを開く。
中にあるのは手紙が一枚。書かれた内容は…
(黒い火の時刻…)
ただそれだけであった。
黒い火の時刻とは、日付が切り替わった直後、0時から明け方5時頃までを指す。日付は24時間周期で切り替わるが、細かく時を刻む魔導具は高価なものだ。代わりに安価な『火時計』と呼ばれる魔導具を用い、大まかな時間を知る。火の時刻とは、その『火時計』を基準とした時間の呼び方である。
(明日、日付が切り替わった直後にいつもの場所か)
手を離すと、まるで急激に風化したように手紙が崩れていく。
床に落ちる頃には塵となっており、再び内容を確認することはもはや不可能だ。
「…呼び出し時間1つ伝えるだけなのに、全く用心深い事だな」
呆れ混じりに呟くと、シズクは何事もなかったかのようにベッドへ潜り込む。
(今日は妙に忙しかったな… 明日は何もなければいいんだが)
激動の1日をその程度の感想にまとめ、シズクの意識は闇に落ちたのであった。




