31 ー仕事ー
「それじゃ、お仕事頑張ってねシズク」
「ああ、たまには手伝ってくれてもいいぞ」
「お給料僕にもくれたらいいよ。半分で許してあげる」
「高い女だ」
ウィンタエア邸の正門についた俺たちは、それぞれの部屋に戻る。
ユキは部屋で普段何をしているのだろうか?まあ、ゴロゴロしてそうだな。
与えられた部屋に入り、やっとひと心地ついた。
「ふぅ… 今日はいつもより疲れた気がするな」
授業はほぼ寝ていたが、カリダムに喧嘩を売られたせいで回復した体力を消耗してしまった。
…フブキの襲来?いつものことなので勘定に入れていない。
「さて、仕事の時間までしばらくあるな」
今のうちに日課を終わらせるとしよう。
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「シズクくーん、起きてるー?」
ドアがノックされているが、今は手が離せないので自分で開けてもらおう。
「開いてるので勝手に入ってください」
ガチャリとノブが回され、慣れた様子でするりと部屋に入ってくる。
「そろそろ時間だから呼びに…って暑ッ!この部屋あっつ!」
その人影は部屋に入った瞬間むわっとした熱気に晒され、悲鳴にも似た叫び声をあげる。
窓を閉め切っていたせいで、随分と熱が篭っていたようだ。自分では気付かないもんだな。
「今手が離せなくてな。悪いが窓を開けるなら自分でやってくれ」
「言われなくてもそうするわよ!もう!」
侍女服を着こなしたその人物は、パタパタと窓に近寄ると、一気に開け放つ。
「すまんな。カミル」
「いいわよ別に。そうしてるシズクくんを見てるのも悪くないしね。…あ、でもそろそろ時間だよ?」
そう告げられ、天地が逆になった視界で壁に掛かった火時計 ー炎の色で大まかな時刻が分かる魔導具だー を見る。
炎の色がいつの間にか、黄色味のある赤に変わっている。確かにそろそろ時間だな。
「もう少し待ってろ。あと20回…」
カミルはハイハイと返事をすると、慣れた様子でベッドに腰掛けた。
「197… 198… 199… 200!」
最後の一回、身体のバネを使い跳躍すると、部屋の中心でくるりと一回転して床に立つ。
「お疲れ様。はいタオル」
投げ渡されたタオルで、全身の汗を拭う。
「…筋トレは良いけど、このあと仕事なのに片手逆立ち腕立て伏せってハードすぎない?」
呆れた口調で問われるが、これでもセーブしているのだ。魔力を纏わなくてもこの程度ウォーミングアップにすらならない。
「回数は抑えてるからな。本当は指一本動かせなくなってからが本番だ」
「片腕100回は抑えてるっていうのかな…?あんまり筋肉つけ過ぎると女の子にもモテないよ?私はシズクくんくらいの身体も好みだけどね」
ウインクするカミル。
「モテたくてやってるわけじゃない。俺は魔法が使えないからな。少しでも武器があった方がいいだろう?…あと気色悪いぞ。お前は“男”だろうが」
そう、侍女服を纏いベッドに腰掛けて科を作るカミルは歴とした男である。最も、俺の居るここは男性棟なので当たり前だが。
「失礼ね!心はいつでも女なの!」
「それ身体は男と言っているようなもんじゃないか」
軽口を叩きながら手早く使用人服へ着替え、部屋を後にした。
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「あ、今度ユキ様に似合いそうな服を作っておくから、シズクくんから渡してくれない?」
「お前、この前それやってエリーナに思い切り電撃喰らってたろ?懲りないな」
「女の子にとって、オシャレは命をかけるべきものなのよ?姉さんはわかってないんだから…」
「男が何言ってんだ」
カミルと取り留めのない会話をしつつ、仕事場であるウィンタエア邸に向かう。
「…おや、シズクくんにカミルくん。これからお仕事かい?」
屋敷に向かって歩いていると、背後から声を掛けられる。
振り向くと、壮年の男性が子供数人を引き連れこちらに向かってくる。
「セッター様!」
跪くカミルを手で制し、人懐っこそうな笑みを浮かべる。
「ご機嫌よう、セッター様。また執務を抜け出してきたんですか?」
「ええ、まあ… 相変わらず鋭いですね。シズクくんは」
俺が問うと、まるで悪戯を咎められた子供のように苦笑する。
…鋭いも何も、様子を見れば一目瞭然だ。
俺はセッター様の周りをウロチョロする子供達を一瞥する。
「あはは、セッター様は相変わらず、子供達に大人気ですね」
子供の頭を撫でようと近づくが、サッとセッター様の後ろに隠れられてしまい地味にへこんでいるカミル。
「ええ、子供達を部屋に残したまま働くのは皆さんにとっても不安でしょう?少しでも安心して働いて頂ければと…」
だから自分の仕事をサボっているわけではないんですよ?とでも言いたげな目で俺を見る。
ー彼はセッター・ロン・ヴァ・ウィンタエア。ユキやフブキの父親で、ウィンタエア家の主人だ。
貴族でありながら腰が低く、誰とでも分け隔てなく接するため使用人からの人気も高い。本人も常日頃から「貴族と化かし合いをするより、皆さんと一緒にいる方が気楽でいいですね」などと話している。
「…おっと、私もそろそろ戻らなくては。エリーナに抜け出したことがバレてしまうね。ではまた」
軽く手を上げ、子供達と共に屋敷に戻っていく。最もエリーナの事だ、抜け出したことなどとっくにお見通しだろうが。
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「貴方は今日こちらで作業です。来なさい」
おっと、今日の持ち回りは外だったか。
カミルに別れを告げると、俺は屋敷の外縁に回る。
集合場所に着くと既に数人が集まっていた。…どうやら俺が最後だったようだ。
「…へっ、魔法も使えねえ役立たずのくせに集まるのも最後かよ」
「…ユキお嬢様のお気に入りだからと調子乗ってるんじゃないか?」
ヒソヒソと陰口が聞こえるが、いつものことなのでさらっと無視しておく。
持ち回り表を受け取ると、ざっと目を通す。
…今日は薪割りが主な仕事になりそうだ。そういえば薪小屋の在庫が切れかけていたな。
人数は… 俺を含めて3人か。これなら然程時間もかからないだろう。
薪小屋の横に積まれた薪を適当に見繕う。
斧を手にして、軽く気合を入れるとー
「おい」
横から声をかけられる。折角気合を入れたのになんだってんだ?
「お前、俺たちの分もやっとけ」
見ればニヤニヤと笑みを浮かべた男が2人。どうやら俺に薪割りを押し付けるつもりらしい。
「薪割りなんてお前でもできるだろ?」
「そうそう、俺たちは他に仕事があんだよ」
いや、多くても魔導力2が精々の奴隷になんの仕事があるってんだか。
まあいい。1人でやろうが3人でやろうがたいして変わらない。用事があるのならさっさと消えてもらおう。
「まあ、いいですよ。そこに置いておいてください。適当にやっておきますので」
「あ?」
「んだとおい?」
別にいてもいなくても一緒… そんな態度が滲み出てしまったのだろうか?
どうやら俺の態度が気に障ったようだ。
「てめえ、魔導力がないっつー無能だろ?」
「よく魔導力2の俺らにそんなデカい口叩けたもんだな?」
デカい口…?
何のことかわからないが、この手のヤジは慣れている。大抵は放っておけば飽きるのだ。
俺は2人を無視し、薪割りを始める。
スッー
カッ
カコンッ!
軽い音を立てて薪が割れる。いい音だ。
スッー
カッ
カコンッ!
一発目で立てた薪に斧を打ち込み、薪ごと持ち上げての二発目で叩き割る。このペースなら終わるのもそう遠くないな。
スッー
カッ
「いい加減にしろよお前」
横合いから胸倉を掴まれる。なんなんだコイツら。
「何か気に障りましたか?薪割りはやっておきますし、忙しいなら何処へでも行っていただいて結構ですよ」
「俺らの事ナメてんだろ」
まあ、正直小馬鹿にしていたところはあるかも知れない。
ふむ。こうしていても埒があかない。ただでさえ魔法が使えず無能扱いなのだ。10年の実績があるとはいえ、仕事が遅いなどと言われてしまえば使用人を続けられなくなってしまう。
「なんでお前みたいな無能がウィンタエアの使用人で、俺らが出稼ぎの奴隷なんだよ」
胸倉を掴みながらそんな事を宣う。…いや、知らないし。
先王の改革により、この国の奴隷は犯罪奴隷でもない限り給金は出るし生活も保障される。正直俺と目の前の奴隷達とで、待遇にそこまでの違いはないだろう。
とはいえ、いまだに身分の差や、それに基づく差別意識は根強い。
要するにコイツらは、俺に嫉妬しているというわけだ。
自分たちより下であるはずの無能が、肩書きだけでも上の身分にいることが許せいないのだろう。
…めんどくさ。
「聞いてんのかオイ!」
胸倉を掴んでいた男が俺を押し出す。…まあ、その程度でよろめくほどヤワな鍛え方はしていないが。
「おっと、大丈夫ですか?危ないですよ」
…むしろ俺を押した男の方がよろめいている。咄嗟に手を伸ばして倒れないように引っ張ってしまった。
だが、その行いが返ってプライドを傷つけてしまったらしい。いや、わざとじゃないぞ?本当に。
「あー、もういいわお前。死んだわ」
怒りからか蒼白になった顔と、据わった目で俺を睨む。
…ふむ、気が済むなら適当に殴られてやってもいいが、生憎この服を身に纏っている時の俺は、ウィンタエア家の使用人だ。
俺の一時凌ぎで、品位を貶めるわけにはいかないな。
目を細めて相手を観察すると、右手のひらで魔力の膨れを見つける。
使う魔法は火属性。ふむ、単なる『発火』魔法だな。…にしても遅い。
比べるのは酷であろうが、貴族なら瞬き程の間も無く発動するであろう魔法だ。
それを数秒経った今もまだ構築に時間をかけている。
「覚悟しろよ… 死ねや!」
「ちょっ…!?流石に攻撃魔法は洒落に…」
やっと魔法の構築が終わったらしい。突っ込んできたということは、どうやら手のひらで触れた部分しか『発火』させられないようだ。
もう1人は、許可のない場所での攻撃魔法が違法であると理解する程度の知能はあるらしい。慌てて止めようとしているが手遅れだ。
迎撃は容易だ。…だが、そうだな。
多少痛い目を見てもらった方がいいだろう。
ー魔法なんぞを過信した報いだ。
無意識のうちに、そんな考えが脳裏を過ぎる。
走り寄り、右手を突き出してくる男。
身体に触れる直前、半身になって躱し、左手でその男の手首を掴むー
魔法は発動しない。こういう手合いは、手のひらで触れたものにしか魔法の効果を発揮できないと相場が決まっている。
腕を引き込み、体勢を崩したところへ足払いを掛ける。
「うおっ!?」
宙に浮いた瞬間、掴んだ腕を逆側に引き込み、放す。男の身体は腕を起点に回転しー
「がっはっ!!?」
背中から叩きつけられる。
そして、シズクは一切表情を変える事なく、再び男の右手を掴みー
ボンッ!!
「ギャアアアアアアアッ!!!」
躊躇なく顔面に押し付ける。
ん?思ってたより弱いな… まあ、一瞬で地面が炭化する程の火を起こせるカリダムが凄いだけか。
男の顔は焼け爛れ、酷い有様ではあるが一応原型を留めている。
戦闘は素人のようだ。これなら魔力を使う必要もないだろう。
腕を離し、男が立ち上がるのを待つが… 一向に起き上がらない。
「アレ… もう終わりですか?」
問いかけるが返事は無い。どうやら気絶してしまったようだ。
もう1人に目を向ける。地面にへたり込んでいるその男は、シズクの視線を受けて声にならない悲鳴を上げ後ずさる。
その瞳からはすでに戦意そのものが消え失せ、怯えばかりが浮かんでいる。
敵対するものに加減するつもりはないが、敵意を失った相手を痛めつける趣味もない。
シズクは2人の奴隷に対してすでに興味を失い、薪割りを再開する。
意識から外れた事を認識したのか、男は這う這うの体で逃げ出そうとするー
「あ、待ってください」
男に視線を向ける事なく、シズクが呼び止める。
それだけで逃げ出そうとした男の身体は蛇に睨まれた蛙のように動かなくなる。
ー別に魔力で止めたわけではない。男の本能が屈服しただけであろう。
「その人も連れていってくださいね。…ああ、死ぬ前に治療した方が宜しいかと。貴方達の魔導力では、蘇生魔法を受け付けないでしょう?」
最も、魔導力が足りていても金銭が足りないだろうが。
「は、はいっ!はいっ!」
男は、顔を焼かれ微かに痙攣する男を担ぐとその場を後にする。
「ああ、それともう一つ。…この場で起きたことは他言無用。彼は自ら魔法を暴走させ顔に火傷を負った。いいですね?」
「も、勿論です!」
一応釘を刺しておく。まあ、許可のない場所で攻撃魔法を使用したのだ。どの道俺が罪に問われることはないはずだが、保身を考えておいて損はない。無能は色々気を使うのだ。
…さて、邪魔者は消えたし、薪割りを再開しよう。
斧を持ちふと考える。…今なら誰も見ていないし、多少楽をしても構わないだろう。
斧を薪小屋の壁に立て掛け、割られる前の薪に手のひらを向ける。
ー次の瞬間、大量に積み上がった薪は全て均等の大きさに割られていた。




