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27 ーこれからー

「ーユキちゃん!」

俺が背負うユキを視界に収めると、フブキが駆け寄ってきた。

「大丈夫!?どこも怪我してない!?」

フブキもよく見ると擦り傷だらけだ。ゴウセツを呼びにいく時に転んだのだろうか?

「うん!シズクがすっごい“まほう“でくまをやっつけてくれたんだ!」


屈託なく笑うユキを見て、フブキは少しばかり驚いた顔をする。

耳元で大声を出さないでほしいが…


「…そう。…シズク、貴方に最上級の感謝を。私、フブキ・ロン・ヴァ・ウィンタエアは、私の持てる全てを捧げ、この恩義に報いる事を誓います」

俺よりも少しだけ大きな貴族の少女は、胸に手を当て、まるで騎士が主君にするように恭しく頭を下げてそう誓いを立てる。

…大袈裟だな。俺はただ、自分が後悔したくなかっただけだ。頭を下げられるほどのものじゃない。


「でも!」

パッと顔を上げたフブキが叫ぶ。

「ユキちゃんはあげないから!他のものにしてね!?…あ、でも、私が持ってる秘蔵のユキちゃん写し絵コレクションの中からいくつか…」

「いや… いらないから」

真剣な顔で悩み始めたフブキを制し、ゴウセツの方へ向かう。


「…見事じゃ。坊主… いや、シズクよ。お主は立派な騎士だ」

ゴウセツは俺の背負うユキに目をやり、そう告げる。

「…どうも。だけど俺には騎士は向きませんよ。手を伸ばしたものが守れればそれでいい」

素直な感想を告げると、ゴウセツはニッと笑う。

…どことなく、ユキの笑い方に似ている気がする。

「誰であろうと自分を守る事で精一杯。まして他人を守るなど、騎士でさえ多大な犠牲を払ってやっと成し遂げる事ができるかどうかじゃ。…誇るが良い。お主の成した事は立派な騎士の行いじゃ」

手放しに褒められ少しだけ照れ臭い。

だが、無能と謗られた俺がこうして認められたのだ。少しなら誇ってもいいだろうか?


「そうだよおじいちゃん!シズクはすっごいんだから!」

俺の背で笑うユキを見て、驚いた顔をするゴウセツ。

「ユキ… お主…」

どうやらユキが笑った事に驚いているようだ。そういえば、最初に出会った頃は塞ぎ込んだ様子だったが…

俺の目をじっと見つめるゴウセツ。

「…シズクよ。貴公に最上級の感謝を。お主の行いは偉大じゃ。ワシらの誰も出来なかった事を成し遂げたのじゃ」

少しだけ目を潤ませ、そう告げる。…なんの話だろうか?

「えっと、どうも?」

よく分からないが褒められているのだろう。


視界の端に目を向けると、エリーナがフラつきながらもこちらに歩いてくるのが見えた。

どうやら回復魔法で歩ける程度に回復したようだ。

「あ!エリーナ!」

ユキが俺の背を離れ、エリーナに駆け寄っていく。

屈託なく笑うユキを見て、エリーナが少しだけ驚いた顔をし、次いで瞳を潤ませながらユキに抱きついた。


「…1年ほど前、ワシの娘が… あの子たちの母が亡くなったのじゃ」

ふと、ゴウセツが言葉を発する。俺はそちらに目を向けるが、ゴウセツはどこへともなく視線を向けている。

独白のように言葉を紡ぐゴウセツ。

「娘は王国最強の魔法師… 人呼んで『マルクヴァニアの戦乙女』と呼ばれていての。史上最年少で騎士団の団長にまで昇り詰めた騎士じゃった。ワシもユキたちを連れて闘技大会に訪れたもんじゃ」

昔を懐かしむよう目を細めるゴウセツ。


「小柄じゃったが、戦い方は豪快そのものでのう。よく闘技場を大剣で叩き割って叱られとったな。叱られとる時のしゅんとした様子が、悪戯して叱られたワシにそっくりで笑ったもんじゃ… ユキもフブキも、娘に叱られた時はあんな様子じゃったわい」

くっくっと笑いを漏らす。

「ユキもフブキも、母の最強を疑わんかった。どんな危険からも守ってくれると信じとったし、実際その信頼に応え続けた。じゃが…」

そこで言葉を切ると、何かを悔やむように視線を落とす。

「あの日、花の冠が欲しいとユキに乞われた娘は、森を訪れた。そして…殺されたのじゃ。真っ向から戦って負けるような娘ではないがの。…方々手を尽くしたが、その甲斐なく結局は犯人も原因も不明のままじゃ」

そこで言葉を切り、エリーナ、フブキと共に笑うユキに目を向ける。

「…それからじゃ、ユキは一切笑わなくなり、極力人と関わる事を避けるようになった。母親が死んだのは自分が頼ったせいじゃと勘違いしての」

語り始めてから、初めて俺に目を向ける。

「重ねて言うが、お主には感謝しておる… あの子に笑顔が戻ったのはお主のおかげじゃ」

屈託なく笑うユキに目を向ける。


…笑っていた方が良いな。

その笑顔を見て、シズクもほんの少しだけ笑みを浮かべた。


「ときにシズクよ、お主、どうやってあの熊を倒したんじゃ?」

ゴウセツに尋ねられる。…言っても良いのだろうか?

一瞬だけ迷うが、隠してもしょうがないし、どのみち死体を見られれば気付くだろう。


「…魔力を操って倒しました。こうやって…」

口で説明するより実演した方がいいだろう。

手近な石に手を向けると、魔力を操ってこちら側に引き寄せる。

飛んできた石を、右手に作り出した刃で細切れにする。

さらに、斬り刻んだ石を空中に固定し、軽く手を払い放り投げる。


それを見たゴウセツは、驚愕の表情を浮かべ石の破片が飛んでいった方角を見つめている。

「まさか、ここまでとはの…」

驚きを通り越して、呆れた表情で頭を抱えられる。

魔法でも同じような事ができるだろうに。魔法を使えない俺にとって、ゼロがやっとマイナスになったようなものだ。

そう告げると、ゴウセツはかぶりを振る。


「魔法はそこまで万能じゃないんじゃ。あらかじめ決められた事象を、複数のパターンから選んで具現化させるだけじゃからの。…お主の、その、魔力操作とでも呼ぶ能力は、そんなものに縛られん。その気になればどんな事象をも一瞬で再現する事ができるじゃろう?」

おそらく可能だ。

試しに、高温の炎を指先にイメージする。


ボウッ!


指先に蒼白い炎がともる。

それを付けたり消したり、形を変えたりと遊んでみる。全てイメージ通りだ。


「…魔法じゃそんな器用な事はできん。発動から終了まで一連のパターンとして登録された魔法は、途中で変更する事はできんのじゃよ。ま、細かく中継点を設定すればある程度操る事は出来るが…」

ゴウセツが指先にともした炎の形を変えて見せる。…心なしかカクカクしている気がするが。


「優れた魔法師ほど魔法に多くの中継点を設定する事ができるが、当然それだけの集中力と、事前の準備が必要じゃ。ほれ、詠唱なんかはその最たる例じゃな。アレは1節毎に魔法の動作パターンを設定し、発動後にその言霊に込められた動作に沿って魔法を変化させとるんじゃ」

ふぅん… 詠唱ってそんな意味があったんだ。

何も考えず、名前をつけるイメージで決めた事を少し後悔する。が、そもそも詠唱なんて必要ないことに気付いたので問題ないだろう。


「ああ、そうじゃ忘れとった。お主の魔力を視る能力と、操る能力のことは隠しておいた方が良いぞ」

そう忠告を受ける。半ば予想はしていたが… さっきの説明からも、明らかに魔法と異なる力だしな。

「そんな能力がある平民… いや、貴族中探しても見つからんだろうな。ともかく、明らかに異常な力を持つ子供じゃ。下手に広まれば取り込まれるか排除されるか… どの道ロクなことにならん」


いささか大袈裟な気もするが、黙っておいた方が良いと言う事は伝わってくる。

俺も無駄な苦労を背負いこむのは御免なので言う通りにしておこう。


「…ふむ、ときにシズクよ。お主、これからどうするつもりじゃ?」

どうと言われても… 普通にいつも通り狩り…は獲物もいないし時間もないな。

「まあ… 適当に薬草でも摘んで孤児院に帰ります」

そう告げると、ゴウセツは何かを考え込む。

「…孤児院か。そうか、お主…孤児じゃったか。なら話は早い。お主、ワシの家で働かんか?」

…話が早いと言うか、話が飛んだ気がする。どうしてそうなる?

「ま、ワシからのささやかな恩返しといったところじゃ。魔力が視える事を除けば、お主もそこらの子供と変わらん。孤児院からではまともな職を見つけるのも難儀するじゃろう?」

魔法が使えないので、そこらの子供どころかそこらの虫以下なんだが… 言ってて悲しくなるからやめよう。

「本当は養子にでも… と思ったんじゃが、孤児のお主をいきなり養子にとると、他の貴族が訝しむじゃろう?痛くもない腹を探られるのは好かんわ」


養子は別として、就職は悪くない。それどころか大出世だろう。

どの道数年で孤児院から出ることになるのだ。住み込みの仕事を貰えれば生活には困らないだろう。

特に俺は魔法が使えない。このままでは行き着く先など良くて労働奴隷か、最悪使い捨ての兵士くらいか。


「どうじゃ?返事は今でなくとも良いぞ。人生を左右することじゃからの」

「…いえ、その申し出、ありがたく受けたいと思います」

迷う余地などないだろう。どう考えても大出世に変わりないので、特段交渉したい事も無い。

「そうか!歓迎するぞ、シズクよ。…うむ、本音を言えば、お主の能力が知られて、他の貴族に取り込まれる前に我がウィンタエア家で囲っておきたいという打算も…」

…返事をした後の後出しは卑怯じゃないか?

若干の不満が顔に出ていたのだろうか。ゴウセツはニヤリと笑う。

「そんな顔をするな。貴族たるもの腹芸の一つや二つできんと話にならんぞ?」

俺、貴族じゃないんだけど…

「我が家で働くのなら、少なからず貴族と関わることになるじゃろ?それに、近いうちに学園にも通うことになるからの。貴族との関わりを覚えておいて損はない。…そうじゃ!いっその事ユキかフブキと婚約すると言うのは…」

「それじゃ、準備もあるので一旦孤児院に戻ります」

戯言を聞き流し、その場を後にしようとするが…


「あー、待て待て待たんか。からかってすまんかった。風導車を停めてあるからどうせなら乗っていけ。ワシもお主の育った孤児院を見てみたいしの」

「育ったと言っても、まだ1年も居ませんけどね」

「ふむ?そうなのか?まあ良い。向かうとしようぞ」


その後、ウィンタエア家で働くと知ったユキにべったりと張り付かれたり、それを見たフブキに理不尽に怒られたり、エリーナによくわからない目で見られたり… これからはずっと、騒がしい毎日になる予感がした。


あれから数日。

就職の手続きなんかもあり、しばらく孤児院で過ごすことになった。

院長は普段通りであったが、他の子供からは嫉妬の視線を向けられた。


そんなこんなで最後の日、特に見送りもなく孤児院を出ることとなった。

「…では、お世話になりました」

ただの義務といった態度ー言い換えれば普段通りであるーの院長に頭を下げ、用意された馬車に向かう。


「…行っておいで。私の息子よ。身体に気を付けてな」


思わず振り返る。

院長はすでに扉を開け、孤児院の中に戻るところであった。

俺はもう一度頭を下げ… 今度こそ振り返らず馬車へと向かう。


ー自分には家族が居ないと思っていたが、それは間違いだったな。気付かなかっただけで、俺は確かに家族を得ていたのだ。


今ならわかる。俺は、愛を受けていた。

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