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24 ー逃走ー

「…って、あなた誰? 魔物じゃないわよね? さっきの熊はどこ?」

こちらが人だとわかるや否や、少女は構えを解いて俺に質問を浴びせる。


「落ち着け。あの熊は今ウィンタエア様が抑えてるから、早くここから逃げないと」

「ウィンタエア様?私もウィンタエアよ?」

ちょっとズレた返答をする少女。どうやら彼女がウィンタエア様の孫らしい。てことは貴族か…

「貴女じゃなくて、えーと… なんだっけ? くそ、貴族の名前ってのはどうしてこう長ったらしいんだか…」

ウィンタエア様としか呼んでいなかったせいで名前を忘れてしまった。なんだっけ?


「…ゴウセツお爺ちゃん?」

ああ、そうそう。確かそんな名前…

「…ん?」

ふと、今声を発したのが、背中に隠れていた方の少女のものだと気付く。

視線を向けると、ぷいっと顔を逸らされてしまった。

…なんか嫌われるような事したか?いや、会ったばかりだしそれは無いか。

「ちょっとあなた!そんなにユキちゃんを見つめて何のつもり?不審者なの?人攫いなの?」

少女を見つめながら自問していると、白い髪の少女に在らぬ誤解を抱かれてしまったようだ。


「違いますよ… えっと」

弁明しようとしてはたと気付く。そういえば、ウィンタエア様の孫だと知っているが、名前は知らないな。

…後ろに隠れている青髪の少女が「ユキ」だといういうことは、白い髪の少女がさっきからそう呼んでいるから分かるが。


その空気を察したのか、少女が逸らした胸に手を当てて名乗る。

「私はフブキ! フブキ・ロン・ヴァ・ウィンタエアよ!」

ふふん!という声が聞こえそうな顔をしている。何故そんな得意気なんだ。

「そしてこっちはユキちゃん!」

フブキがユキちゃんと呼ばれた少女に抱きつき、俺の前に差し出した。若干嫌そうな顔をしているが…


「…俺はシズク」

短く自己紹介すると、フブキは不思議そうな顔をする。

「あら?それだけ?家名は?」

「いや、俺は平民だからそんなものありませんよ」

そうなのねと頷く。平民に対して特別な感情は持っていないようで少しだけ安堵する。最も、俺が魔法を使えないと知ればどう思うかはわからないけど。

「っと、それよりさっさとここから逃げましょう。貴女達がここにいるとウィンタエア様… ではなくゴウセツ様が逃げられません」

俺も死にたくはない。彼女達を連れてさっさと逃げなければ…

「そうしたいのはやまやまだけど…」

そう言いながらフブキが身体をずらすと、背後の壁に、誰かが寄りかかっているのが見える。

侍女服姿の女性だ。…傍目から見ても酷い怪我をしている。

「…僕をまもってくれたの。…あのくまに、 ひぐっ、なぐられちゃった…」

…泣き出してしまった。参ったな。

「ほら、ユキちゃんのせいじゃないから… 泣いてると可愛い顔が台無しよ?」

フブキがユキを慰める。

…しかし、このままでは埒があかない。あの侍女は置いて2人だけでも逃がすべきだろうか?


もしこのまま動かないなら、俺だけでも…

そんな考えが頭を過ぎる。もともと気まぐれでここまで来たのだ。

自らの命を捨ててまで守る義理もない。

だが…


「僕のだいじなひとはみんなしんじゃうんだ… ぐすっ おかあさんだって…」

「ユキ…様 貴女は何も悪くありません。さあ、立って… フブキ様…そこの貴方も… 私を置いて、早くお逃げください…」

「やだもん!」

「エリーナ。貴方を置いて逃げるなどという恥知らずな真似を、ウィンタエア家長女で、母様の娘である私がすると思いますか?」


…やれやれだ。

何故誰も彼も、自分以外の人間のことしか考えていないのだろう?

これが家族ってものなんだろうか?俺には理解できない。


理解はできないが…


「…さあ、行きましょう。あまり時間はありません」

俺は侍女服の女性… エリーナに近寄ると、腕を肩に回し立たせる。

この程度の重さなら行動に支障は無い。抱えていても走って逃げるくらいは余裕そうだ。

身長の差があるので足を引き摺ってしまうが、そのくらいは我慢してもらおう。


「あ… えっと…」

ユキが何か言いたそうにしているが、聞いている暇はない。

「貴方… 私は良いのです。ユキ様とフブキ様を」

「貴女が死ぬと悲しむ人が居るんでしょう?俺には理解できませんがね」

エリーナの弱々しい言葉を強引に打ち切る。

「貴方… 手を貸してくれるの?」

フブキが少し驚いたような顔をしている。

「ええまあ…」

曖昧に返事を返す。

「でも、どうして? 貴方には何も関係ないはずなのに…」

確かにそうだけど。もし俺がここで彼女達を見捨てても誰も責めないだろう。全員死ぬだけだ。

ただ…

「なんとなく、羨ましくなったもので… それと」

何が羨ましいのだろう?自分にもよくわからない。それに…

チラリと、おろおろしている少女ーユキに目を向ける。

「なんとなく、その子に泣いてほしくない… それだけです」

なんでそう思ったんだろうか?わからない。わからないが…

「家族というのは、みんなが笑顔でいるものなんでしょう?」


それだけ言うと、岩陰から身を乗り出した。


「…あ、う」

フブキが呻き声をあげる。

ユキは言葉すら出ないようだ。

「クソ…!」


目の前にいたのは、見上げるほどの大きな熊。

ゴウセツ様に斬り落とされた左腕からは、いまだドクドクと血が噴き出している。

だが、その瞳は餌を見つめて爛々と輝いている。

餌ーつまり俺たちを。


「『雷…槍…!』」

突如として出現した雷の槍が『風熊』に突き刺さる。

顔の横に目を向けると、エリーナが左手を前に突き出し、ぜいぜいと荒い息を吐いている。

攻撃魔法…?平民には使えないと思っていたのだが。エリーナは平民じゃないのだろうか?


だが、雷の槍を正面から食らってなお、何事もなかったかのように佇む『風熊』の姿を見て、そんな思考はすぐに頭の隅に追いやられる。

「無傷…!?」

フブキが驚きの声をあげる。

予めゴウセツ様に、魔物には攻撃魔法が効かないと聞いていた俺はさほど驚くことはないが。


…今の一撃、ダメージが無いというより『風熊』の毛皮に触れた瞬間、宙に溶けるように槍が消えたような…

いや、毛皮の前、奴が纏っている魔力に触れた時か?


どの道、魔法が効かないことに変わりはない。

兎に角熊から離れなければいけない。

俺は踵を返し、固まっているユキとフブキを促して逆方向に走り出す。

直後、首筋に嫌な気配を感じる。


ブォン!!!


直感に従いエリーナと共に地面に倒れ込むと、頭のすぐ上を『風熊』の丸太のような腕が通り過ぎる。

どうやら奴は、お荷物を抱える俺を先に仕留める事にしたらしい。

ー紋章がないので不可視の刃は撃てないようだが、それが良いことなのかは分からないな… 俺にとっては特に。


素早く立ち上がる俺に、『風熊』はゆっくりと近づいてくる。倒れ伏し、もはや逃げられないエリーナよりも俺を優先したらしい。光栄だね。


いつでも仕留められるー

表情がそう物語っている。

「これは… 参ったな」

呟く俺の頭上に、巨大な腕が振り下ろされるー


「よけてぇ!!」

腰に衝撃がある。


ズズンッ!!


地面に振り下ろされた腕を真横に感じる。

俺の腰あたりに目を向けると、震えるユキが抱きついている。

死の恐怖に蒼白となった顔をしながらも、瞳に宿る光からは諦めを読み取ることはできない。

「ま… まだ…!しにたくない…! みんなにもしんでほしくない!」

「ちょっ…!ユキちゃん!?」

立ち上がったユキはがむしゃらに走り出す。

静止するフブキの声も届いていないようだ。


攻撃を避けられた『風熊』は苛立ちからか、走り去るユキに狙いを定めたようだ。

地面を蹴りユキに向かって駆け出す。歩幅の違いからすぐに追いつかれるだろう。

走るユキの後ろで振り上げられる爪が妙にゆっくり見える。

フブキが声にならない悲鳴をあげるように口を手で覆っている。


「ッ!」

俺は気がつくと走り出していた。

振り下ろされる爪に目もくれず、ユキの小さな背中に飛びついた。


ザグッ!!!


肉が裂ける音が体内に響く。

次いで訪れる激痛ー

「あぐっ…!」

ユキを抱えたまま地面に倒れ込む。

背中から抱きつかれ、地面に押し倒されたユキが苦しそうな声をあげるが我慢してもらおう。俺はもっと痛い。

それも当然、腕だけで俺の背丈以上。さらに鋭い爪の付いたそれで殴られたのだ。生きているだけで奇跡に近い。

ー最も、「まだ」生きているだけかも知れないが。

「あ、う、その」

覆い被さっているユキから離れる。

口から溢れた血で空のような青い髪を汚してしまい、少し罪悪感を覚えた。

俺に次いで起き上がったユキが、傷を見て目を見開く。

「あ、そのきず…!それ、ぼくのせいで、あ、あ… また、またぼくの…」

目の端から涙が溢れる。

この期に及んでこの少女は、自らの死の恐怖ではなく、自らを庇って傷ついた俺のために泣いている。…さっきまで見ず知らずだった俺のために。


…泣くなよ。

俺は背中の痛みを堪え、ニヤッと笑いユキの頭をわしわしと撫でる。

「心配すんな。俺は死なない。…お前も死なせない」

生き残る術があるわけじゃない。必勝のプランを思いついたわけでもない。

だが… まだ諦めるには早い。精々足掻いて見せてやる。


立ち上がり、ありったけの敵意を込めて『風熊』を睨みつけた。

その視線を意にも介さず、虫の息の獲物を仕留めようと爪を振りかぶる。


ーカチリと、頭の中で何かが嵌る音がした。

振り下ろされる爪が見える。


俺は魔法も使えない、無力な左手を挙げる。

ユキの悲鳴が背後から聞こえる。


イメージするのはなんだ?後ろから引かれる?いや、違うー

もっと強く、そう、鎖のようなー


左手を真っ直ぐ『風熊』に向ける。


ー「貴様の生きる意味を言ってみろ」

ー「…魔力を極めること」


どこかで、そんな声が聞こえた気がする。

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