23 ー邂逅ー
「なっ… ウィンタエア様!?」
駆け寄る俺を残った左手で制し、痛みからか顔を顰める。
「心配は要らん。血止めの魔法は使ったからの。…じゃが、ワシも老いたもんじゃな」
血止めをしたからと言って状況は変わらない。
何か手はないのだろうか?
「ウィンタエア様… 俺に何か出来る事は無いですか?あいつらを倒す為に何か…」
「ほう?この状況でも戦意を失わんとはの。…じゃが、右腕と剣を失ったワシは戦力にならんし、お主1人でどうにかなるものでも…」
「魔法でなんとかならないんですか? 紋章があればまだ魔法を使えるんですよね?」
食い下がる俺に、ウィンタエア様は首を振る。
「使えるには使える。じゃが、魔物に対して攻撃魔法は通用せん。剣を失っては奴らにダメージを与えられんのじゃ」
「魔法で剣を作ったりはできないんですか?」
以前、貴族様が地面からナイフを作っていた事を思い出して尋ねる。
「錬成魔法か?よく知っとるの。…できん事は無いが、魔物に通用する剣をすぐに造り出す事は難しいのう。ワシの剣は『魔刃鋼』から造られた逸品だったんじゃ。高いんじゃよアレ」
『風熊』の腕を斬るところを見ていたが、斬る瞬間、熊の纏った鎧のような魔力を溶かしていた。アレは魔法ではなく剣の特性だったらしい。
「魔刃鋼は特別な土地にしかなくての。この辺の土からは錬成できん」
…なるほど。攻撃魔法が通じないというのは?
「言ったままじゃ。魔獣や魔物には攻撃魔法全般の効果が薄いんじゃ。特有の結界魔法があるんじゃないかと言われとる」
結界魔法?見たところそんな魔法を使っているようには視えないけど…
まあいい。効かないなら効かないんだろう。
「という訳でワシにはもう打つ手がない。…そこでじゃ、シズクよ」
ウィンタエア様の発する空気が変わったのを感じ、居住まいを正した。
「ワシが何とか時間を稼ぐ。お主は逃げるがよい。魔力が視えるのであれば、森に逃げ込めば何とかなるじゃろ」
「ウィンタエア様は逃げないの?」
そう尋ねると、ウィンタエア様はニヤリと好戦的な笑みを浮かべる。
「見縊るなよ坊主。ワシとて騎士の端くれ。敵を前に背を向けるなどできんわ」
それに… 一つ区切ると、言葉を続ける。
「孫を見捨ててワシだけ生き延びるなど無様な真似はせん。…さあ、行けい!」
そう叫ぶと、ウィンタエア様は熊達に向かって駆け出す。
腕を失いバランスが崩れたのか、僅かに体勢を崩しながらも残った左手を前に向ける。
ー直後、その手から閃光が迸った。
「ふっはは!『閃光魔法』じゃ!こういう絡めて手も使えてこそ真の騎士よぉ!」
ー叫ぶ彼の横を、小さな影が駆け抜ける。
「…なっ!?シズク!?」
気がつくと俺は、真っ直ぐ岩場に向かって駆け出していた。
自棄になった訳ではない。
だけど、ウィンタエア様が命を賭して救おうとする家族を、一目見てみたくなっただけだ。
家族のいない俺にはきっと、それはとても眩しいだろう。
閃光魔法をまともに喰らい、僅かに隙ができた熊達の横を駆け抜ける。
そのまま岩場に到達すると、ウィンタエア様の孫達とやらが隠れているであろう場所に当たりをつけると、スライディングの要領で滑り込んだ。
「…ッ!? く 来るなら来なさい! ユキちゃんは私が守る…!」
…そこで見たのは、2人の少女。
おそらく姉妹なのであろう。シズクよりも少しだけ背の高い、雪のように真っ白な髪と、海のように深い青の瞳を持つ少女がこちらに左手を向けている。
その後ろに隠れ、少しだけ顔を出す少女と目が合う。
青空を思わせる、空色に近い青い髪。怯えたように歪められたその瞳は、かつて街で見た翡翠という宝石によく似た色をしていた。




