22 ー戦闘開始ー
木陰から飛び出すと、魔物熊はすぐにこちらに気付いたようだ。
口の端から、今の今まで喰い荒らしていた獲物の血が滴っている。破壊された鎧から、彼も騎士であった事が窺える。
「カルドの仇… 討たせて貰うぞ!」
熊がこちらを睨むと、空中のモヤモヤ… 魔力が意志を持ったように集まっていき、こちらに伸びてくるのが視えた。
「ウィンタエア様!正面、胸元あたりに攻撃が来ます!… 今!」
「うむ!」
俺の掛け声に合わせてウィンタエア様が横に跳ぶ。
不可視の一撃を躱された熊は、こちらを警戒したように身構える。
周囲の魔力が一斉に動き出す。風が渦を巻き、刃が次々と放たれる。
音もなく飛来する刃だが、俺の目には魔力の線として全て視えている。
それらをウィンタエア様の背から叫ぶと、その全てを最小の動きで躱していく。
気付けば熊は目前に迫っている。
ウィンタエア様は身体強化魔法で筋力を上昇させると、猛然と熊に踏み込む!
「その紋章、貰い受ける!」
紋章が刻まれた左腕に狙いを定めると、下段に構えた剣を振り上げんとするウィンタエア様。
熊が表情を歪めた。心なしか、こちらを嘲笑ったように見える。
差し詰め、狙い通り!とでも言いたそうな顔だ。
だけど… 俺には視えている。
「ウィンタエア様!後ろです!」
「むぅ!」
斬り上げる直前で地面を蹴り、宙返りをしてみせる。天地が逆になり若干目が回る。
俺の頭の数センチ先を、不可視の刃が通過する。
背後からの完全な奇襲を避けられた熊は、今度こそハッキリと表情を歪める。すなわち、驚愕に。
「ハァアアアーーー!!!」
1回転して着地したウィンタエア様は、その勢いのまま飛び上がり、今度こそ剣を振り上げる。
ドシュッ!!!
分厚い毛皮に覆われた熊の腕が、根元から分断され宙を舞う。
反撃を繰り出そうとしたようだが、紋章を失った熊はうまく魔法を操れないようだ。
ー終わりだな。
熊の肩あたりまで飛び上がったウィンタエア様は、そのまま首を落とさんと剣を横薙ぎに振り抜くー
その時、俺の脳裏に凄まじい危険信号が発される。
何かを視た訳ではない。だが、このままでは間違いなく死ぬ…!
「ウィンタエア様!」
「ぬおっ!?」
直感の任せるままにウィンタエア様の首に回した手を解き、そのまま思い切り背中を蹴りつける。
まさに首を切断しようとした瞬間、背後から衝撃を受けたウィンタエア様は体勢を大きく崩す。
その時、真下の地面が盛り上がり、次の瞬間凄まじい勢いで何かが飛び出してきた。
「何…!? があっ!」
地面から飛び出した何かが、直前まで俺たちのいた空間を通過する。
俺は地面に転がり、頭上に目を向ける。
上空のそれはー
「2匹目だと…!?」
今まで相手をしていた熊よりも一回り小さい ーとはいえそれでも獣の熊と比べると大きいがー 眉間に角を生やした魔物だ。
異なるのは大きさだけではない。切り落とされた腕に刻まれていたのは風の属性紋であったが、こちらの熊に刻まれているのは土の紋章…
「土の魔法で地面に潜っておったのか…!」
着地したウィンタエア様が、姿を現したもう一体の魔物に目を向けて叫ぶ。
俺の目にも視えなかった。いや、正確には視えていても気付けなかった。
魔力は地中にも存在する。魔法を使っていなければ、それが敵の発するものかは分からないのだ。
奴は魔法で予め地中に潜り、その後はずっと身を潜めていたのだろう。
ズン…!
地響きを鳴らし着地した2匹目ーややこしいので『土熊』とでも呼ぼうかー は、腕を切り落とされた1匹目ーとなるとこちらは『風熊』かー に寄り添うと、気遣うように傷口をひと舐めする。
「ふむ、仲睦まじいの。夫婦なのかもしれんのう」
「そんなこと言ってる暇…!?」
暢気な声に振り向くとそこにはー
右腕を肩口から喰い千切られたウィンタエア様の姿があった。




