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20 ー昔ー

確かあれは、俺が孤児院で暮らし始めたばかりの頃だったか。

最初こそ記憶もなく捨てられた俺に気を使っていた様子の子供達であったが、紋章もなく、魔導力を持たない事が分かるとすぐに孤立させられた。

まあ、無口で愛想もないガキだった俺のことだ。魔法が使えたところで孤立しただろうがな。酷いいじめを受けなかっただけありがたい。


だが、孤児院長だけは、そんな俺を他の子供と対等に扱ってくれた。

最も、甘やかされたとは思わない。手伝いをサボって木の上で寝てた時は目玉が飛び出るんじゃないかって拳骨を喰らったもんだ。

あの人も俺に負けず劣らず無愛想な人だったが、子供をよく見ている人だった。


さて、無愛想なガキだった俺だが、身体の強さには自信があった。

大人でも3人がかりで持ち上げるような建材を1人で持ち上げたり、狩りに出れば素手でも獲物を仕留める。


街を歩いていて、近所の女の子に因縁をつけていた貴族を、護衛6人共々まとめてぶっ倒した時なんか、あの娘も尊敬の眼差しで俺を見ていた。

…いや、嘘だ。普通に引いていた。

しかもあの後、激怒した貴族様の親が出てきて危うく殺されるところだった。子供の喧嘩に親が出てくるとは情けない。

そう言ったら仲裁してくれた院長に拳骨を食らった。


ちょっと話が逸れたが、子供ながらに大人顔負けの腕っ節を持っていた俺は、必然的に街の外での仕事… 狩りや採集が多くなった。

あの日、俺は街から半日ほど歩いた場所にある、狩りや採集に向いた森に訪れた。

この森は比較的安全で、駆け出しの冒険者なんかも良く訪れる定番の場所だった。

たまに貴族様も訪れて狩りをしているが、あいつら狩りに魔法を使うせいで他の獲物が逃げちまうんだよなぁ…


奥深くに行けば危険な魔獣が出るようだが、街道の近くに出現する魔獣といえば精々がウサギやネズミといった小型の獣が魔獣化したものくらいだ。極稀に猪型の中型魔獣や、ゴブリンやオークといった亜人種が出現するようだが、すぐさま騎士団に駆除されるのでお目にかかったことはない。


あの日も、森に全然獲物が居なかったから、また貴族様が狩りにでも来ているのかと思っていた。

「今日は採集がメインか…」

そう呟いて、手近な採集ポイント… 薬草やキノコ類の群生地がある場所を頭の中で確認する。

「ここからだと… 崖際の草原かな」

少し入った場所にある薬草の群生地にあたりをつけ、そちらに進んでいく。


…何かおかしい。

しばらく進むと、言いようのない違和感を覚えた。

森の奥から淀んだ空気が流れ込んでくるのが視える。


ー俺には以前から、意識を集中すると妙なものが視えた。

それはモヤのようなもので、ふわふわと宙を漂っており、そこかしこに満ちている。手で撫でるように触ると僅かに動くが、感触もないし掴むこともできない。

しばらくすると、そのモヤは魔法を使っている人の近くだと大きくざわめき、その人自身からも溢れていることがわかった。そのことに気付いた俺は、モヤを視れば魔法を使おうとしていること、知っているものであればどんな魔法を使おうとしているかもわかるようになった。

まあ、わかったところで今の所役に立ったことは無いが。

…いつか貴族様と本気で喧嘩する時には役に立つかもしれないな。


森の中を、モヤを追って進んでいくと、ちょうど目的地だった崖際の草原端に辿り着き、俺は思わず木の影に身を潜める。


ー熊だ。

明らかに普通の熊ではない。まず大きさが異常だ。

街にある宿屋の、2階の窓からでも顔を触れるのではないだろうか?算数は勉強している途中なので言い方が正しいかは分からないが、7メートルくらいか。


そして、身体中に纏わりついたモヤ。以前見つけた熊よりも遥かに多く、ずっと強い。

最後に、額から生えた角。普通の熊には存在しない”それ“からは強いモヤを発している。

もう間違いない。魔獣だ。それも、普通の獣が魔獣化したものでは無い。魔獣としてこの世に生を受けた異質な存在ー 俗に言う『魔物』に違いない。


(見るのは初めてだけど… アレが魔物かな。 こんな浅い所に出るなんて…)

気付かれないように細心の注意を払いながら観察する。

だが、熊は食事に夢中になっているようで、足元にある何かを貪っている。


(餌に気を取られている間に逃げた方が良さそうだ…)

静かに踵を返し立ち去ろうとした瞬間、ふと違和感を覚え振り向いた。

熊を挟んで向こう、草原の奥にある岩場から、熊のものとは違うモヤが視える。

(誰か居るのか… あの魔物から隠れているようだけど、ダメだなあれは。気付かれてる)

熊が発しているモヤが、以前街で見た、人を探す時に使う魔法と同じものだ。

あの魔法を使っているということは、熊は岩の後ろに人が隠れている事に気付いているのだろう。

そして、気付いてなお餌を食べる事を優先していると言うことはつまり、いつでも仕留められるからに他ならない。


(岩場の奥から視えるモヤは… 多分貴族様のものかな。騎士団の人と同じ感じだし。…じゃあ自分でなんとかするか)

そもそも、自分一人出て行ったところで魔物の餌が増えるだけだろうし。

1人納得して、再度踵を返す。


その時、首筋にピリッとした感触があった。気がつけば、熊のモヤが自分の周りを取り囲んでいる。

熊はいまだに食事に夢中だ。だが、これは間違いないー

(気付かれたっ!?)

熊が使っている、『人を見つける魔法』に引っかかったことがモヤを視て分かった。

なりふり構わず走り出そうとしてー 今までで一番嫌な予感がする。


熊の発するモヤが大きく膨れ、今まで視たものとは全然違うモヤが視える。

それは熊の腕から真っ直ぐ伸びており、俺の胸辺りに一直線に走っている。

今まで視ていた頼りないモヤモヤではなく、明確な意志ー 敵意や殺意といった感情を伴った物だ。


なんとなく懐かしいその感覚ー なぜそう感じるのかは判らないー 何が来るのかは視ただけでは分からない。だが、確実に分かる事が一つある。

(マズイマズイマズイ!!!避けなきゃ、死ぬ…!)

熊が腕を横に振るのが見える。まるで虫を払うかのような、無造作な動作…

モヤが視える胸のあたりは、まるで熱を持っているかのようにジンジンと痛む。

頭を下げる、横に跳ぶ、前に倒れ込むー

選択肢が頭に浮かんでは消えるが、どれ一つとして実行に移せない。

強烈な殺意で、身体が硬直したかのように動かない。


そしてー 時間切れ。


熊の薙いだ空間から、真っ直ぐ走るモヤをなぞる様に何かが飛ぶ。

目には見えない筈のそれを、モヤを通して視る。

直線上にある木を、紙でも裂くように切断。するりと斜めにズレる木を通して、一瞬後の自分を幻視する。


「坊主!避けぃ!」

突如として真横から衝撃を感じる。

身体が吹き飛び、一瞬遅れて鈍い痛みが走る。


不可視の刃が数瞬前まで立っていた場所を通過する。進行方向に茂る木々が滑らかな切断面を晒し倒壊する。

熊の発する、人探し魔法のモヤが引いている。おそらく今の一撃を避けたなど思いもしないのだろう。こちらに振り向く素振りすらない。

とりあえず命が助かった事を認識し、思い出したかのように息を吸うと、ぶわっと全身から汗が噴き出る。

命の恩人は、いつの間にか俺の横で身を屈めている。

軽装に見えるが、所々に金の意匠が施された立派な鎧を着込んだ男性だ。

年齢は…60歳位だろうか?だが、老いてなお盛んと言わんばかりの身のこなし。おそらく騎士だろうが、今まで遠目に見た騎士団の貴族とはどこか違うようだ。


「動くなよ坊主… ヤツめ、まだこっちを見とるぞ…」

感知魔法を使えるほどの魔物とはのぅ…


その呟きを聞いて、奇妙な違和感を覚える。

「見てるって、どういう事?」

思わず反応すると、老騎士は律儀に答えを返してくれる。

「感知魔法じゃ。長く戦場を生きとると、ああいった魔法に鋭くなるんじゃよ。…魔法が発動した瞬間、鈴がなったような感覚があるんじゃ」

老騎士は、俺に身を寄せつつ続ける。

「あの熊はのぅ坊主… ただの魔獣じゃない。魔物という上位の存在じゃ。普通の獣や、魔獣が使えん魔法を使いよる。先程、感知魔法を使った気配がしよった。目で見られてなくとも油断は禁物じゃな」

そこまで心配しなくても、今は問題ないと思うけど…

だって、俺たちの周りにモヤモヤはない。それとも、感知魔法というのは人探しの魔法とは別物なのだろうか?


一刻も早くここから離れたい俺は、老騎士に提案する。

「今は大丈夫だと思いますし、早くここから離れましょうよ。いつまたその… 感知魔法?を使われるか分かりませんし」

そう言うと、老騎士は怪訝な表情をする。

「どう言う事じゃ?感知魔法の発動は感覚で分かるが、解除されたかどうかは分からんぞ?逃げたいのは分かる。じゃが今は結界魔法で感知魔法を防いどるからここから離れることはできん」

「でも今はこっちを見てないですよ。ほら、向こうの岩に隠れてる人たちを見てるみたいです」

岩場を指差しながら告げると、表情が目に見えて真剣味を帯びた。

「…お主、あの岩の裏に何人居るか分かるか?」

そう問われ、改めて岩場に目を向ける。

遠くてよく見えないが… モヤの感じからすると、3、4人って所だろうか?


「…遠くてよく見えませんが、3人くらいですかね。あ、怪我してるかも知れません。回復魔法…?っていうのを使ってるみたいですし」

以前見た事がある魔法の特徴を見つけ、ついでに伝えておく。

「…ふむ、どうやら適当を言っとるわけじゃなさそうじゃ。お主、何が見えとる?」


…何って言われても困る。

「えっと、何と言われても… そこら辺にあるモヤモヤしたものです。ほら、生き物とか魔法とかが触るとちょっと動きますよね?」

そう言って、周囲にあるモヤを触る。感触はないが、触れた部分のモヤが少しだけ揺らぐ。

「…信じられん。お主、魔力が見えるのか…」

…魔力?

魔法じゃなく?

聞き覚えはなかった。しかし、心のどこかで何かが引っかかったような、奇妙な感覚を覚える。


なんだろう?まるでもう1人の自分が、思い出すなと叫んでいるような…

思考の海に沈みかけた意識を、老騎士の声が引き戻す。

「魔力というのはじゃな、世界に満ちる空気のようなものじゃ。どこにでもあり、どこにも無い。万物を構成する源という話や、魔法を使うためのエネルギーという話もある」


…話?

曖昧な言葉に首を傾げると、老騎士は肩を竦めて答える。

「その魔力を誰も見た事がないんじゃよ。そもそも、魔力という名前自体、今は存在しない宗教団体がでっち上げたものじゃ。世の誰もそんなものを認識しとらんしの」

じゃがー


老騎士はそこで言葉を切ると、何かを噛み締めるように続ける。

「じゃが、ワシはあながち嘘とも思えん。そもそも、生物が当たり前のように使う魔法。これはどこからエネルギーを得ている?魔導力があれば誰でも、無限のエネルギーをどこからか取り出せるというのはおかしい。魔法に至るまでの何かが、どこかに存在する筈なのじゃ」

そう語る老騎士の目には、好奇と… なんだろう?微かに憎悪の感情が浮かんでいるように見える。

「かつて一度だけ、ワシが全力で戦い、なお取り逃した男がいた。奴は見たこともない魔法を操り、それを『魔力の業』と呼び、戦いの最中、ずっとこのように喚いておった」

ー我らは、貴様らが妄信している魔法ではない。魔力を極めるのだー


ー魔力を、極める

懐かしいような、恐ろしいような。まるで今ここにいる自分が、ハリボテでできているかのような空虚さを感じる。そう、俺は何か、大切な事を忘れているんじゃないか…?


「おっと、今はそんな事は良い。重要なのはお主が、魔力を視る事ができる力を持っとるという事じゃ…いや、この際魔力でなくとも構わん。魔法を知覚できる事こそ肝要!」


俄かに活気付いた老騎士は、俺の肩を掴み、告げる。

「お主、ワシに協力してくれんか?」

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