19 ー帰宅、あるいは出勤ー
校門をくぐった俺たちは、そのまま自宅ーウィンタエア邸に向かって歩き出す。
ユキは言わずもがな、住み込みの使用人として雇われている俺も帰宅方向は変わらない。
「…ユキさぁ いつも言ってるけど風導車使えば?許可証あるんだし」
俺は空を見上げ、飛行する箱状の物体を視界に入れつつ、何度目かわからない提案を投げ掛ける。
「えー…いいよ別に」
やはり断られる。歩くのも面倒だし、体のいい運転手にでもできればと思ったんだが…
「だって、風導車を運転してたら、シズクと話ができないでしょ? 僕はシズクと話しながら帰りたいからね!」
いつも同じだ。その良い顔で言い切られると、結局それ以上何も言えなくなる。
ー風導車とは、簡単に言えば空飛ぶ馬車だ。
馬車と違うのは、風の影響を低減する流線型の客室を用い、馬の代わりに風魔法増幅器と呼ばれる魔導具を繋いでいることだ。
風魔法増幅器のおかげで、本来飛行魔法を扱うことができない魔導力2の風魔法でも空を飛ぶことができる。
ちなみに、平民が買えるような値段ではないが、飛ばすこと自体は平民でも可能。商会ギルドから貸与された風導車を用いて、乗合風導車の商売を行うものもいる。
ー閑話休題
「じゃあせめて、乗合馬車でも乗らないか?学園からも出てるし… ユキは帰ったらゴロゴロするだけかもしれんが、俺はこの後仕事もあるんだぞ?」
「僕だって色々忙しいんです〜 あ、別に乗っても良いけど、お金はシズクが出してよ?」
風導車を使いたがらないユキに折衷案を出したが、軽くあしらわれてしまう。
「ケチくさい貴族様だな」
「残念ながら下級貴族の僕は、贅沢できるほどのお小遣い貰ってないもん」
「じゃあ冒険家ギルドで小遣い稼ぎでもしたらどうだ?」
「そうしたいんだけど、お姉ちゃんが許してくれないんだもん。ユキちゃんに王国の外はまだ早いーって」
「八方塞がりだな」
「世知辛いねぇ…」
二人してため息をつく。
「…ん? って!なんで僕がお金出す前提なのさ!シズクがギルドに登録して、お金稼いで僕に贅沢させるべきじゃない?」
ちゃっかり貢がせる気なあたり、良い性格をしているな。
「無理だな。そもそも魔導力がない俺はギルドに登録出来ん」
「あ、そっか。最低ランクの依頼でも魔導力2からだったもんね。はぁ… なんでみんなシズクの良さがわからないんだろ?こんなに良い子なのにねぇ?」
背伸びして俺の頭を撫でようとするユキ。鬱陶しいのでぺいっと手を払う。
「仕方ないだろ。魔法が使えないってだけでそこらのゴブリン以下なのさ」
戯けて見せると、ユキは大真面目な顔で首を傾げる。
「ゴブリンに失礼じゃない?」
「お前の方がよっぽど失礼だっつーの」
むにゅっと頬を引っ張ってやる。
「いふぁい。…むぅ シズクは本気出してないだけで、ホントはすっごい魔法も使えるのに…」
頬を押さえながら呟くユキ。その言い方は引きこもりみたいに聞こえるからやめてほしい。
「まだ言ってんのか?昔から散々言ってるだろ?俺は魔法を使えないって」
かれこれ10年近くは言い続けているが、一向に信じようとせず、そう主張し続けるユキ。
「だって… あの時、僕を魔獣から助けてくれた時だって、あんなすごい魔法を使ってたのに」
「見間違いだって。たまたまアイツが足を滑らせて…」
「そんなわけないじゃん!あの時は…」
ユキは目を瞑ると、思い出を噛み締めるように語り始めるー。




