15 ー決着ー
振るわれる剣を、炎を避け続ける彼は、言動とは裏腹に勝利を諦めてはいないようだ。
(何を狙っている?)
諦めが見えない敵を訝しみつつも、圧倒的に有利な状況である事に変わりはない。
油断はしない。しかし焦りもしない。このまま続ければ彼の体力は遠からず尽きるであろう。
全身を使い炎を避ける敵に対し、勝利に至る一手を確実に詰めていく。
ー…ヒュッ!
何かが空を切り、カリダムに向かって飛来する。
(………?)
”それ“はカリダムの服に当たり、地面に落ちる。
…石だ。
おそらく地面を転がりながらも掴んだそれを、彼は苦し紛れに投げつけたのだろう。
ダメージを与える要因にはならない石礫を、彼は炎の合間を縫って二度、三度と投げつける。
「…何を狙っているかは知らんが、児戯ではあるまいし、そんな石ころをいくら投げつけたとて私を倒す事はできんぞ!」
数個の石が投げつけられ、そのうちの1つが顔に向かって飛来する。当たっても多少の痛痒を覚えるだけであろう。しかしどんな人間も、顔に向かってくる物に対しては本能的に危機感を覚えるものだ。
炎剣を振るうカリダムもそれは変わらない。咄嗟に剣を眼前に持っていき、石礫を振り払うと、それは灰も残さず消え去った。
…一瞬だけ、視界が剣で、炎で塞がれる。
…バシュッ!!!
故に、彼は反応できない。
先程までの石礫とは比べ物にならない速度で飛来する“それ”に。
「…ッ!!!」
気づいた時には、それは眼前に迫っている。
一瞬だけ遮られた意識、視界を縫うように、鋭い切っ先を狙い違わず撃ち込む。
“それ”は単なる筆記用具…ペンである。
シズクの投げつけたそれは、平民が用いる鉛筆ではなく、複数の金属を混ぜ合わせる、合金精製という魔法を用いて作られた頑丈な逸品である。
“芯”と呼ばれる鉛を中に詰める事で、鉛筆のように短くなる事なく使えるー平民が手を出すには値が張るそれは、シズクの入学時にユキが贈ったものである。…年齢は一緒なので、入学も同時ではあるが。
万力を込めて投げつけるそれは、狙い過たずカリダムの目に吸い込まれる。
(なんと…!石礫はこのための布石というわけか!…だが、惜しいな)
開かれた目に向かうペン。十分な速度を持ったそれは易々と眼球を貫くであろうと思われた。
…到達したペンは一瞬で溶け落ち、眼球を傷つける事はなかった。
「狙いは悪くなかった。だが、この炎剣『カリエンテ』は、我が身を傷付けるであろう脅威に対し自動で反撃を行う。使わせた事は賞賛に値するが…っ!?」
礫を払った剣で、投げつけたペンで、2度に渡る妨害によりカリダムはシズクを見失った。
時間にして数秒足らずであろう。だがその時間は、シズクがカリダムとの距離を殺すのに十分な時間であった。
半ばから溶け落ちた剣を振りかぶり、死角から飛び掛かるシズク。カリダムの剣は振り抜かれており、迎撃は間に合わない。
だが、仮に剣を突き立てたとて、炎剣の自動反撃により、傷付く前にシズク諸共焼き尽くすであろう。
一瞬で灰となったペンを見ていた彼に気付けないはずはないのだが…。
(自棄になったか?悪手だぞそれは…まあ、この結末も悪くは無い。さらばだ。無能と呼ばれた強者よ)
カリダムは剣による迎撃を諦め、自動反撃による迎撃を選択する。
勝利を確信したカリダム。
「…それは悪手だったな。カリダム様?」
ー本日何度目かわからない驚愕に、彼の目は見開かれる。
その目に映るのは、魔法を行使するかのように開かれた無能少年の左手と、胸に突き立てられた、自らが作り出した両刃剣の残骸であった。
「がっ…!?ごぶっ…!?」
半ばから溶け落ちたその剣は、切っ先がない故に肉体に突き刺さらない。それを膂力により無理やり捩じ込んでいく。
シズクの目には視えないが、肉の内に潜ったその剣は僅かな抵抗を押し戻し、遂にカリダムの心臓を切り破った。
シズクは握った剣の柄から手を離し、身体を蹴りつける。
抵抗なく倒れ伏すカリダム。向けていた左手を握り、何かを振り払うような仕草をするシズク。
その瞬間、炎剣の自動反撃が発動したのだろう。胸に突き立った剣が思い出したかのように炎上し、溶け落ちる。
しかしその傷は致命傷である。命が消えるまで然程猶予はないだろう。
「…まさか、まさか私が… 負けるか…」
地に倒れたカリダムは、急速に抜けていく力を感じながら呟く。
「…なぜ、私の炎剣は発動しなかった?…君か?…君が何か…っ」
カリダムの口から、ごぼりと血の塊が漏れる。
「…さあ?目と勘だけじゃなくて、運も良いもんで」
「ふ… ふふ… 謙遜を…するな。 私の魔法を、炎剣をそんな不確かなもので破れるものか…」
血を吐きつつも、ニヤリと口の端に笑みを浮かべるカリダム。
自らの魔法を撃ち破った強者に、惜しみない賛辞を贈る。
対するシズクは、感情を映さない冷ややかな目を向ける。
「…言ったろ。世の中魔法だけじゃないって」
カリダムに背を向け、戦いを振り返る。
「あの時、魔法による自動反撃を選ばず、無理矢理にでも剣を振るっていたなら、そこに倒れてたのは俺だったかもな」
「…選択を誤ったのは私であったか。だが… 炎剣を無効化など、予想だに… しなかった」
「それが敗因だ。あんたは魔法なんぞを信じすぎた」
その言葉に、カリダムは細く息を吐き出す。もはや返事をする力も残っていないようだ。
陽炎のように揺らめいていた、炎剣『カリエンテ』の残火がフッと消え去る。
その目からは光が消え、何処を見ているかも定かではない。
剣を握る手から力が消え、緩く握られる。
「…あ、生き残ったら好きにして良いって言われた剣、溶けちゃったじゃん」
その呟きを聞いた直後、意識が完全な闇に落ちる。
魔剣と呼ばれる大魔法、炎剣の使い手、フェーゴ・ルーア・アル・カリダムの最期であった。