13 ー炎剣『カリエンテ』ー
ダメージは無いに等しい。だが、戦いが始まってから双方合わせて初めての傷である。カリダムは親指で傷を拭い、自らを恥じた。
「油断はなかった。確実に命を奪ったと確信した一撃だった…。魔法を使えぬものに避けられる一撃ではない」
おそらく独り言であろうその呟きに、シズクは事もなげに返す。
「まあ、世の中魔法だけじゃ無いだろ」
その答えに、己の心を鑢で削られたかのような錯覚を覚える。
貴族として生まれ、魔導力が、魔法が全てだと教えられて育ち、それを疑う事なく生きてきた。
恵まれた魔導力に、鍛錬を重ねた魔法と剣は若干16歳にして熟練の域だと自他共に認める。事実、今すぐ王国騎士団に入団しても、十分な戦力になるとお墨付きを貰っている。
だが、奴はどうだ。目前に立つ、無能と蔑まれたこの平民は、拙い剣技でありながら貴族である自分と真っ向から切り結び、高速移動魔法というディスアドバンテージを物ともしない。必殺であると自負する炎の一撃すらも躱し、この私に傷をつけた。
…ああ。今分かった。この無能… いや、彼は私と対等である。無礼討ちなど以ての外だ。ならば全力を持って叩き潰す事こそ本懐であろう。
故に、我が一族に伝わる魔剣を解放する。
親族以外、誰に見せる事もなかった秘剣だ。しかしそれを晒す事に、もはや一切の迷いもない。
故に、彼は奇跡を降す言葉を紡ぐ。
「『真炎よ・我が剣に・踊る軌跡は・光輪と化す』…炎剣『カリエンテ』」
その身から溢れる魔法が渦を巻く。この戦いの中で初めて、ロングソードを両手で握り、身体の正面に構える。刀身から炎が溢れ、過剰なまでに圧縮される。それでも溢れる余剰な炎は、自らの背後で円を描く。
彼が火の神の化身と言われても、疑うものなど誰一人いないであろう。
ここに疑いようもなく、火魔法の極致が存在した。
美しさすら感じるその光景。
死すらも焼き尽くさんとする炎の嵐。
その真炎は、地獄の釜すら溶かし尽くすであろう。
魔法の真の美しさーそれを視て、独り呟く。
「ああー
…忌々しい」