12 ー単に目が良いー
「…ウィンタエア君はああ言っているが、実際はどうなんだ?貴様は魔法を使っているのか?」
アレから数度切り結び、今なお一向に切り崩せないシズクに対し、カリダムは声をかける。
「疑り深い人ですね… 最初に言った通りですってば」
「だろうな。魔導力は絶対の法だ。魔導力0の貴様は決して魔法を使えん」
言うが早いかカリダムの姿が掻き消える。
ガギィッ!!!
耳障りな音を立て刃がぶつかり合う。
「だが事実、私の剣は貴様に止められている。どのようなフェイントを織り交ぜようと、貴様は的確に防ぐ」
「褒められてるって認識でいいのかな!」
舞うような剣戟を防ぎつつ、軽口を叩くシズク。
それを聞き、ニヤリと口元を歪めるカリダム。
「ああ、不思議なものだ。貴様の剣には特筆すべきところは何もない。正直なところなぜ防がれているか全く分からん。…単に目が良いのか?」
言葉とは裏腹に楽しそうな様子を見せる。
「剣には慣れてなくてね!見苦しくて申し訳ない!…あとその予想!当たってます、よっ!」
『エア・フロート』の高速移動によるフェイントを見切り、的確に反撃を繰り出す。
が、カリダムはその剣を的確に見切り、さらなる剣戟を繰り出す。
またしてもそれを繰り返し、カリダムは独り言ちる。
「…このままでは埒が開かんな。良いだろう。貴様を私の敵として認めよう」
カリダムは再度『エア・フロート』による高速移動でシズクの懐に飛び込み、そのまま剣を逆袈裟に振り抜く。
シズクは先程までの焼き直しのように剣を受けーなかった。
カリダムの目が今度こそ驚愕に見開かれる。
ゴウッ!!!
一瞬にして空気が焼ける。
シズクは大きく背後に跳び、剣を躱していた。直前まで立っていた場所が大きく燃え上がる。
今まで通り剣を受けていれば確実に焼け死んでいただろう。焼け焦げたーを通り越してもはや炭化したー地面がそれを物語る。
「これも避けるか…!」
「目が良いもんでねっ!」
すかさず斬り込む。振り抜いた剣を避けるカリダムだがーその頬に、一筋の裂傷が走ったー
その戦いを、2人の戦士の一挙手一投足を見逃さんと目を見張る観衆たち。
もはや誰一人、シズクを無能と蔑むものはいないだろう。戦いが始まった直後は疎らだった客席も、気がつけば満員状態である。
何処からか話を聞きつけ、放課後に関わらず学園に残っていた生徒がひしめき合っている。
「おぉー!今のを避けるのはすごいねぇ さっすがシズク!やればできる子!」
いつのまにか観客席に上がったユキー今度は本体であるーが、シズクを手放しに褒める。
「…今の、アレだけの炎を、ノーモーションって…」
観衆達はシズクの回避よりも、爆炎を放ったカリダムをこそ戦慄の表情で見つめる。
「うーん… 魔法としては単純なものなんだよねぇ。魔導力2から使える火魔法だもん。単に火を起こすってだけの魔法。火の属性紋を持ってる人なら、みんなの中でも使える人がいるんじゃないかな?」
事実、カリダムが放った魔法は、体系化された魔法ですらない。
平民であっても、魔導力2…あるいは火の属性紋を持つ者であれば魔導力1でも使える魔法。魔法名すら無いが便宜上『発火』魔法と呼ばれるそれは、平民の家庭でも料理に活用する者や、火起こしのために雇われる奴隷が存在するほどにありふれている。
では、そのありふれた魔法を、貴族の高い魔導力を持って、火の属性紋を持つものが、熟練するほどに極めたのち放つとどうなるか?
その答えが、広範囲にわたって炭化した地面である。
平民が発火魔法を使おうとすれば、かざした手の平、あるいは属性紋に集中し、明確なイメージを構築して初めて種火程度の火を起こせる。
カリダムは剣を振り抜く一瞬で、地面が炭化するほど強い火を、一歩間違えば自らをも巻き込みかねない近距離に、狙いを寸分違わぬ正確さで放ったのだ。それも視線誘導すら無い完全なノーモーションである。避けられる道理は何処にも無い一撃であった。
「あの、ウィンタエア様… あの炎、彼はどうして避けられたんでしょうか?」
ユキの近くに座る女生徒が、おずおずと質問する。
一瞬考える素振りを見せたが、答えは見つからなかったようだ。
「うーん… 正直分かんないや」
「分かんないって… どういうことですか?」
高度な魔法技術であろうかー 疑問符を浮かべた女生徒がさらに質問を重ねる。
「いや、ほんとに分かんない。だってアレ、多分僕でも避けられないもん」
その答えに、質問した女生徒だけでなく、周囲の観衆すら驚きの表情を浮かべる。
彼らの目の前にいるのは、闘技場で異次元の戦いを繰り広げる者と同じ貴族であり、天才と呼ばれる魔法師である。
その彼女が臆面もなく、避けられないと宣うのだ。
「それってつまり… ウィンタエア様でも、その、カリダム様に勝てないと…?」
畏みつつもそう尋ねる女生徒に、ユキは相変わらず人懐っこい笑みを浮かべて答える。
「あっはは、それは無い無い。避けられないってだけで防げないわけじゃないもん。僕はいつも、全属性に対する結界魔法を並列で常駐させてるからね。カリダム様の魔導力じゃ僕の結界を抜けないよ!」
驕っているわけではない。ただ事実を事実として語っている。
それ故に、その言を聞く観衆は畏れを抱く。
仮にこの場にいる全員ー闘技場の彼らを含むーで襲いかかったとしても、傷一つ与えることはできない。
空前の戦いを繰り広げる彼の貴族より、目の前の少女は強いのだ。
「ね?だから言ったじゃん!シズクは凄いんだって!」
周囲の戦慄をよそに、もはや何度目かもわからぬその台詞を、無邪気に、そして誇らしげに告げるのであった。