10 ーだから無能だって言ってるじゃんー
「さて、覚悟はできたかね?」
カリダムが声を掛けてくる。
「ええ… まあ、一応」
「そうか。それは結構。遺言があるなら聞こうか?」
律儀に遺言を聞いてくれるようだ。全然考えてなかった。
「あー、それじゃあ… 」
一拍置いて言葉を紡ぐ。
「…やっぱやめときません?カリダム様にとって、勝っても負けても旨味がないじゃないですか」
「それが君の遺言か。しかと聞き届けた。」
至極真面目な顔で頷く。やっぱダメか。
ここに来るまでに怒りもすっかり醒めているようで、感情に漬け込んでどうにかする作戦は通じないだろう。
「先程のウィンタエア君の言だと、実は魔法を使えるということだが…本当かね?」
どうやらしっかり先程のユキの言葉を聞いていたようだ。
俺は肩をすくめて答える。
「まさか。今日まで何度も測りましたし、学生証にも…ほら、書いてあるでしょう?魔導力は0だし、紋章もありません。正真正銘無能だし、俺に魔法は使えません」
ポケットから無造作に学生証を取り出し、ひらひらと振る。
「ふむ。…そうか。ではこれを使うがいい」
そういうと、カリダムは無造作に何かを放り投げた。
”それ“は重厚な音を響かせて、俺の前に突き刺さった。
それは肉厚の両刃剣ー確か、グラディウスとか言ったか?ーであった。
「あまりにも一方的な勝負だとつまらん。私とて、丸腰の相手に襲いかかる趣味はないからな。ー抜きたまえ」
「それはお優しい事で… ついでに、このまま見逃してほしいところですがね」
軽口を叩きつつ両刃剣を抜く。軽く2、3度素振りをして感触を確かめた。
見たところ刃は鋼、柄は青銅だろうか。一見簡素だが所々にレリーフが施されており、貴族らしい優美さを兼ね備えている。
「へえ、なかなか高く売れそうですね。くれるんですか?」
「構わん。どうせ急造品だからな。生きて戻れれば好きにするといい」
生かして返す気はないが。…と目で語りつつ、カリダムは腰に帯びた立派な拵えの両刃剣を抜く。
別に彼は予備の剣を投げ寄越した訳ではない。
『急造品』の言葉通り、今、この場で作り出したものだ。
ー武具錬成魔法。4以上の魔導力を持つ者が、土属性や火属性、水属性など複数の魔法を操り、土中の成分を変化させて武具を作り出す魔法である。
「…やっぱすげえな貴族様は。アレって錬成魔法だろ?」
「複数の属性をコントロールしながら同時に使わなきゃいけないし、詠唱もなしで、瞬きほどの速さで作り出すには確実に魔導力が4以上じゃないと無理だね…」
「しかも、同時に別々の金属を錬成してるぜ、アレ」
「本業の鍛治師でさえ、魔法を複数人で分担して、数時間かかるってのに…」
「しかもレリーフまで添えて芸術点も高い」
「誰目線なんだお前…」
手の中にある、無造作に放られた剣はかなり高度な魔法で作られたもののようだ。
「剣の心得はあるのか?」
悠然と構えるカリダムがそう尋ねてくる。
ー案外面倒見がいいのかもしれないな。
「いや、本物の剣なんて久しく握ってないな」
「ふむ、戦闘技能の講義で多少振るっているだろう?お望みなら槍でも斧でも、貴様が最も手慣れた武器をやろう。せめてもの手向けとしてな」
やっぱり面倒見がいいな。この人。
「いや、大丈夫だ。何を使っても大して変わらんからな」
「では、行くぞ」
そう呟くと、カリダムは構えを取る。
半身の状態で利き腕ー魔法を操る側の腕であるーを前に、右手に持った剣は軽く引き、切先をこちらに向けている。
オーソドックスな魔法剣の構えである。
構えを取ったカリダムからは、一切の油断が霧散し、残るのは肌を刺す強烈な殺意。
ーそして、彼を中心に渦巻く炎のような力の本流。
観客席からの喧騒は、もはや一切聞こえない。
誰もが中級貴族ーフェーゴ・ルーア・アル・カリダムと、未知数の力を持つ…と思われる、平民の無能少年との戦いの行方を見守っている。
その静寂の中でさえ、シズクの勝利を疑わないユキの堂々たる立ち姿は、微塵の揺らぎも見せなかった。