09 ー幼馴染からの評価が高すぎる気がするー
「これは面白い冗談だ。君はまさか、この無能に私が負けるとでも思っているのか?魔導力1の… 平民が扱う程度の魔法すら使えない無能に?」
おいやめろハードルを上げるんじゃない。
俺にはカリダムを煽りつつ、適度に痛めつけられたあと自然に敗北するという高度な作戦があるんだ。
「当然です!勝ち目があるわけないじゃないですか。だってシズクはすっごいんですから!」
ねっ?と言わんばかりに俺に向き直ると、勝利を微塵も疑っていない顔で笑う。
「…いいだろう。無能が魔法なしでどこまで出来るのか、見せてもらおうか?」
すっかり本気になってしまわれた。無能相手に大人気ない人だ。
「大丈夫!シズクはやればできる子なんだから!ねっ?」
無邪気に声を掛けてくるが、ユキのせいで無駄に大事になっている感は否めない。
抗議の意味を込め、ユキの頬を軽くつねっておく。
…うむ、いつも通りもちもちだ。
「いふぁい!もー!なにすんのさいきなりー」
俺の気も知らず両頬を抑えて威嚇してくるので、隙だらけになった額に軽くデコピンする。
おうっ!と情けない声を上げたユキだが、良い手を思いついたらしい。
フェイントを織り交ぜつつ俺の背中に回り込むと、そのまましがみついてきた。流石に背中に張り付かれるとお手上げた。
手をあげて降参の意を示すと、背中から「ふふーん!」と得意げな声が聞こえ若干イラっとする。
ユキを背中にぶら下げたまま校舎を出、しばらく歩き闘技場を訪れる。
魔法競技を行うための闘技場は、特殊な空間魔法が用いられており外見からは想像できないほど広く、ぐるりと見下ろすように作られた観客席と闘技場の間には魔法を打ち消す結界が幾重にも張られている。
学園の設立時に王族が行使した魔法で作られていると言われ、魔導力10で唱えられた空前の魔法が用いられているという。
「…さて!私からの最後の慈悲を与えよう!…何か遺言があれば聞いてやる。」
カリダムは闘技場の中央で、大仰な仕草で向き直るとそう告げる。
気の利いた遺言を考えていると、観客席のそこかしこから喧騒が聞こえる。
「…お?見てみろよアレ。貴族様が決闘でもするらしいぜ」
「へえ、ラッキーだな!魔法使っての戦闘なんて俺らじゃ滅多に見られるもんじゃないしな」
「片方は中級貴族みたいだぞ?」
「珍しいな… ここで小競り合いするのなんて大抵下級貴族か、俺ら平民の運動部だってのに」
そう、この闘技場は空間魔法のおかげで外界と隔離されており、1年中過ごしやすい気候になっている。
そのせいか、平民がよく観客席で暇を潰しているのだ。ちなみに貴族はそんなはしたない事はしないし、魔導力が3程度あれば自前の空間魔法で快適な空間を作り出せる。
ギャラリーがいるのは想定内だったが、今日は何故か予想以上に賑わっている。
俺たちに気づいた人々が思い思いの席に座り始める。どうやら見学する気満々なようだ。
「アレ?貴族様の相手って…あの服、アレ平民だよな?」
「確かに… 命知らずな奴だな。貴族様と勝負できるほどの魔導力を持った平民なんて居たか?」
「というか… なんでアイツ、背中に子供背負ってるんだ?」
何人かは俺が平民だと気付いたようだ。まあそれも当然か。
この学園は貴族、平民、奴隷など、階級に関わらず無償で講義を受けることができる。
だが、制服や教科書、参考書などは全て有償となっている。国から多少の援助があるとはいえ、大抵の平民は教科書や参考書を購入するだけで援助など吹き飛び、わずかに足も出てしまう。奴隷階級に至っては複数人で教科書を分担購入し、回し読みしているほどだ。
なので、制服などに金銭を回せるものは必然的に貴族だと判断される。
だがこれはついている。観客に平民しかいないなら、多少無様な負け方をしても同情的な目でー
「アレ?アイツって確か…」
「あ、俺知ってるわ。魔導力も属性紋も無いって話の無能だろ?」
「嘘だろ!?そんな奴いんのかよ? それって魔法が一切使えないってことだろ?」
「どうやって生きてんだろ…」
ー見られるわけなかった。ちくしょうめ。
「シズク!みんな応援してくれてるみたいだね!頑張って!」
ユキだけが無邪気に笑う。どう聞いたら応援しているように聞こえるのだろうか?天才の感性はわからない。
「わかったわかった。精々足掻いてみるから、ほら降りろ」
背中から飛び降りるユキ。
「あの子供、制服着てるぞ?」
「てことは貴族だよな?なんで平民に…? というかアレって高等学園生の制服か?てっきり少年学園から妹でも連れてきてんのかと思った」
「…あの子、いやあの人って、アレじゃね?ほら、いつも無能少年にくっついてるって噂の天才」
「マジかよ!?てことはあの子が『絶対零度の熱血娘』か!?うわ、初めて見たわ!」
「ちっちゃくて可愛い〜」
そんなあだ名がついてたのか…
「じゃあ、今日戦うのってもしかして噂の天才の方?」
「ま、そりゃそーか。流石に無能じゃ貴族には敵わないだろ」
「バカ、無能じゃなくても平民が貴族に勝てるかよ」
そんな声を聞いたユキが、大きく息を吸い込み、観客席に向かって声を響かせる。
「君たち!今日戦うのは僕じゃないぞ!ここにいるシズクだ! 君たちは無能無能ってバカにするけど、本気で戦うシズクは見たことないだろー!?」
わざわざ拡声魔法を使い、闘技場全体に響く声でアピールする。正直言ってやめてほしい。
「シズクの本気はすっごいんだぞ!大型の魔獣だって吹っ飛ばすんだからな!普段魔法を使わないのは力を溜めてるからなんだからな!」
それを聞いた観客席は、再び喧騒に包まれる。
「え?魔法使えんのかアイツ」
「いや…使ってるとこ見たことないし、仮に使えたとしても魔獣を吹っ飛ばすってのは無理だろ。そこらの獣じゃあるまいし…」
「だよな?使えても平民クラスの魔法で魔獣には勝てねえよ。小型の魔獣が出たってだけで騎士団がすっ飛んでくるってのに」
「じゃあ… でまかせか?」
「話を盛ってるだけだろな」
それを黙って聞いていたユキは、俺を見てグッと親指を立てる。
…なんだその勝ち誇った顔は。場を温めておきましたよ!思う存分やっちゃって!とでも言いたげな顔は。
まあ…奴らにはさっさと現実を思い知ってもらうとしよう。
俺の無能たる所以をな。