プロローグ ーいつかの何処かでー
ー貴様の生きる意味を言ってみろ。
物心ついた時から、いや、おそらくそれよりも遥か前から繰り返される問いが男の口から漏れる。
「………魔力を極めること」
物心ついた時から、魂にまで刷り込まれた答えを口にする。
「そうだ。貴様はそのために生きている。世の塵芥どもが盲信する魔法ではない。貴様は魔力を極めるために生きているのだ」
もはや飽き切った問答に、少年は何の感情も浮かべることなく頷いた。
怨みと怒り、負の感情で濁り切った目をした男は、いつものように全身に巻かれた包帯の上から皮膚を掻き毟り、やがて自らの身体の一点を見つめるといつものように呟いた。
「………ああ、忌々しい」
見つめる先には、魔法を扱う者である証、紋章がある。
男は腰のベルトに下げたナイフを手に取り、何の躊躇いもなく紋章ー自らの身体に突き立てる。
紋章ごと肉を引き千切ると、心底忌々し気な表情で床に投げ捨てる。
少年は床に落ちた肉片を一瞥すると、使い込まれてボロボロになった包帯を男に差し出す。
それを乱暴に奪い取り、深く抉られた肉の上から無造作に巻きつけた。まるで痛みを感じていないかのように。
いや、痛みなど慣れきり、今更気にするほどのことでもないのだろう。それこそ毎日のように、浮き出す紋章を抉り出しているのだから。
「………さあ、今日も始めるぞ。ーーー。」
おそらく、自分の名前を呼んだのだろう。しかし少年には、その単語を理解することができない。
自らの名前など気にしたこともない。そんなものは、自分の価値にとって何ら意味のないことだから。
男は少年の身体を、布切れ一枚身に付けていない裸体を舐めるように見回す。
「………ああ、美しい身体だ。何者にも穢されていない。」
少年の身体は物心ついた時から今日まで繰り返されてきた、およそ子供が、いや、大人ですら耐えることが難しいであろう訓練により深く傷ついている。
しかし男の目にはそんなものは映らない。
男は、少年の身体に、この世界に生きる生物であれば必ず存在するはずの紋章を探す。
それがどこにもない事を確かめると、初めて怒り以外の感情を表す。すなわち、喜びを。
それが少年にとって、日課の始まりである。物心ついた時から今日まで繰り返されてきた地獄に、もはや何の感情も示すこと無く、少年はゆっくりと手の平を男に向けた。