7話 呼び捨てかよ。
4月7日。春休みが終わり今日から一学期がスタートする。
理緒も中学生としての生活が始まる。
「 行ってきます」
「行ってらっしゃい。 迷子に、ならないでね」
「 昨日も、下見に行ってるから大丈夫だよ」
紺のブレザーに同じく紺のプリーツスカートの制服姿の理緒は、香苗にそう言って家を出た。
理緒が今日から通う学校は、家から徒歩二十分程の公立中学校である。
桃宮市立第一中学校。小高い丘の上に立っている、生徒数約六百人程の学校である。
理緒が、玄関の前に貼り出されたクラス表で、クラスを確認してると後ろから声をかけられる。
「 あれ、この前のオチビちゃん。本当に、中学生だったんだ 」
―――この声、この前の失礼な奴だよ。
理緒が回れ右をした。
やはり理緒の後ろにいたのは、ファッションビルで出会った少年だ。
この前会った時は、別の制服を着ていたハズだ。確か桃宮高校のブレザーだった。
だが今日は、この第一中学の男子の制服。女子と共通の紺のブレザー、同じく紺のスラックスだ。って事は、こいつも中学生か。
「 誰が、オチビちゃんだよ。おれには、林原 理緒って名前があるんだ。中学生に見えない老け顔の少年A!!」
理緒が鼻息を荒くして言った瞬間、少年は、ズガンと頭からタライをくらったような顔になった。
「 ふっ老け顔って、オレが気にしてる事をズバンと言わなくても。それと、オレの名前は、桜庭 涼 だよ」
―――桜庭涼か。最初もそーだったけど、こいつ、馴れ馴れしいよな。おまけに「おちびちゃん」とか失礼な事言ってくるし。
馴れ馴れしくて、ムカつくやつだな。
「 ふーん。それよか、クラス確認したの?桜庭くん」
「まだ 。そういう理緒は?」
「まだって、いきなり呼び捨てかよ。しかも、下の名前で」
「 おれ堅苦しいの嫌いだから」
「そういう問題じゃない」
「はいはい。おーあった。六組 おれと理緒の名前」
「……見えないんだけど」
「そうか。オチビだもんな。理緒は、」
「 オチビ言うな!あと、呼び捨てにするなって」
「 わかったよ。理緒ちゃん」
「 なんか、ムカつくから理緒でいい。桜庭くん」
理緒は、そう言って、下駄箱に向かい上履きに履き替える。
なぜか涼も、当然のように理緒を待っていた。どうやら一緒に教室に行くつもりらしい。
―――まあ、迷子になるくらいなら、こいつにくっついて行くか。
「 理緒。オレについて来ないとまた、迷子になるぜ」
「 うるさいな、言われなくてもそうするし」
―――あーもう、むかつく事ばっか言うなぁ
でも、おれ頼れる人こいつしかいないし。
理緒は、心の中でぶつぶつ言いながら、涼の背中を追いかける。校舎の二階一番の端っこに六組の教室はあった。
「 おっはよー」
涼が、あいさつしながら教室に入るなり、涼の友人とおぼしき少年が、挨拶してきた。
「 お早う。桜庭。後ろの可愛い子は、誰だよ。紹介しろ」
「 こいつは、理緒。林原 理緒 」
「 林原 理緒です。宜しく」
「そう、林原さん。僕は、野々村隼人宜しくね」
「 あれ、理緒。俺って言わないんだ」
「 いちいち、うるさいな!」
「 林原さん、自分の事俺って呼ぶんだ」
若干引きぎみに、隼人が訊いてくるのを、理緒は、感じつつ答えた。
「 うん。男兄弟の末っ子だったから」
「あっそうなんだ。ならしょうがないね」
それだけ言って隼人は、理緒達の前から立ち去る。
「 やっぱり、女の子がおれって言うと引かれるよな。前もそれが原因で、苛められたし」
「 そうか?オレは、全然気にしてないけどな。まあ、大人になって働くまでに、直せばいいんじゃね?」
「 そういうもん?」
「オレが、言うから間違いない」
「あっそう」
根拠の無い涼の答えに呆れ、理緒は、冷たい返答を返し、自分の席を確認するべく、黒板の前に向かった。
―――さて、おれの席は、どこかな?お兄ちゃんが、言うには、「五十音順」の並びが、出席番号ってのになってるんだっけ。
理緒は、黒板に貼られた席表とクラス名簿で、自分の席を見つけ、席につくが、またまた涼が理緒の側にやってくる。
「おれのとこに、なんで来るの?桜庭くんの席向こうじゃないの?」
さりげなく、「あっちに行け」アピールしたつもりだったが、涼は、そんな事お構い無しだ。
「別にいいじゃん。理緒の側にいたいから。それに、今のところオレ以外に知り合い、いないでしょ」
「 まあ、いいけど。はあ。あのさ、さっき訊きそびれたけど、この前、なんで桃宮高の制服着てたの?」
理緒の質問に、涼は、何か思いだしたのだろうか? 涼の表情が飄々とした表情からうげっと言いそうな苦々しい表情になる。
「……あの日は、親戚の法事だったんだよ。だけど、前日に制服汚したんだよ。仕方ないから、一番上の兄さんのお古借りたんだよ」
「なんで、汚したの?」
「そーそー、法事前日に、野球やってて汚したんだよね」
ぴょこっと、涼の後ろから一人の女子が顔を出す。おかっぱで、理緒より10センチ程背の高い女子だ。
「 杏子!理緒との会話に、割り込むな」
「涼だけズルい。こんな可愛い子と仲良くなるの」
「 あの。二人は、どういう関係で、あと、貴女の名前を教えて」
会話に、飛び入り参加してきた女の子に理緒は質問した。
「いきなり ごめんなさい、涼とは、小学生から同じクラスなんだ。あたし笹木杏子」
「 おれは、林原理緒。転校生です。宜しく笹木さん」
「 俺っ子だあ!笹木さんってじゃなくて、杏子って呼んでよ。やーん可愛いからだきついちゃお」
「ひぎゃーいきなり。何なの?杏子。離して〜」
理緒は、妙にハイテンションな杏子の腕のなかでジタバタする。
「 ごめん。理緒可愛いからついね。仲良くしようね」
「あーうん」
―――変な友達出来ちゃったな。
「 変な友達出来たとか、思ってないか。理緒」
「 なんで、考えている事わかるんだよ。桜庭くん」
「別に、理緒は、分かりやすいからな」
「うう。 桜庭ひゅん。 あーもう、舌かんだ。ややこしいから、おれも涼って呼び捨てにしてやる」
マイペースだし、ムカつく奴。でも、こいつがいたから、友達出来たし。
涼のお陰で、学校楽しく行けそうだし。
とりあえず、今度お礼言っとこ。
そう思った理緒だった。