第三話 ディーとの休日③
評価ありがとうございました。とても励みになります。
本日第三話①②③を続けて投稿しましたので、お間違えのないようにお気をつけください。
「……そろそろ暗くなる」
「そうねぇ、名残惜しいけど、流石に遅くなったらまずいわね。ぼちぼち帰りましょうか」
「名残惜しいって、お前にそんな感傷あったんだ」
「えぇ、人の財布で目一杯買い物できる機会なんてそうそうないもの」
「……まぁ、分かってたけどね……」
ディーが深いため息をついた。
「でも今日はあんたと出かけられて良かったわ」
「えっ、な、何急に……分かってるよ、どうせお金の話でしょ」
「それもそうだけど、あんたのことも少し分かった気がするから。王都まで来てヴァレンにフラれただけじゃあんまりでしょ。友達が一人できて良かったってこと」
「友達?」
ディーが目を丸くする。
「僕と君が?」
「そうよ。他に誰がいるの」
今日は王城では見られないディーの色々な表情が見られた。
「あんた、素直に笑うと結構可愛いわよ。普段からああしていたら女の子にもモテるかもね」
「笑ってた? 僕が?」
ディーは自分の顔をぺたぺた触る。
「そっか、笑ってたんだ、僕……」
「そんなに驚くようなこと? あんたは結構表情豊かな方だと思うわよ。まあ、普段はむかつく顔ばっかりだけど」
そっとディーの手が私の頭に置かれた。何事かと思って身構えたけれど、ただ頭を撫でようとしただけらしい。
ディーの指が私の髪の流れに沿うようににゆっくり動く。
「お前といると、僕はなんだか素直に笑える気がする」
「……あっそう」
いつもの意地の悪い調子とは真逆の、優しい声でそう言われると、なんと返したら良いのかよく分からなかった。
「ねぇ、そろそろ日が落ちるわ。さっさと帰りましょうよ」
「あ、待って」
「まだ何か用事があるの?」
「一個だけ行きたい場所があるんだ。そこだけ付き合ってよ」
「そのくらい構わないけど」
というわけディーを先頭に立たせて歩く。私は行き先も知らされないままただついていくだけだ。
「どこに向かってるのよ?」
「まだ秘密」
「秘密って……」
赤く、夕焼けに染まる路地を歩く。ディーの影が長く伸びていた。だんだん人通りも少なくなっていく。
突然ディーが立ち止まった。
「え、ここ?」
見上げると、そこにあったのは教会だった。ミニチュアのお城みたいな豪華さで、鐘がぶらさふがった尖塔が空へと伸びている。
「こっち」
「中に入るの?」
ディーがずんずん中に入っていくので私も後に続く。まともな教会なんて入るのが初めてで、少し緊張した。
貧民外の教会なんて生臭坊主の巣窟で、清廉な空気とは無縁だったから。
「ここの塔には自由に登っていいんだ」
「へぇ、よく知ってるのね」
「まあね。時々城を抜け出して歩き回ったりしてるから」
「あら、貴族は平民の生活区域になんて近づかないと思ってたわ」
教会の奥の狭い階段を上る。
少し上ると開けた踊り場に出て、そこからははしごを使わなくちゃならないようだった。
「私、先に行きたいわ」
「だめ」
「何でよ。私が下だとあんたが落ちてきたとき被害に遭うじゃない。万が一のときのために比較的体重が軽い私が上のほうがいいわ」
「僕はそこまでどんくさくないよ。それに、お前は今スカートだろ」
自分が今着ている服を思い出す。そういえばメイド服だった。貧民街にいたころの感覚で話していた。
「お金を払うなら中を見せてあげてもいいわよ」
「お断り。割に合わない」
「失礼ね」
言い合いながらディー、私の順ではしごを上り、暗い塔の中から光の中へ出る。
「……!」
そこには赤い街並みが広がっていた。360度広がる城下町。ここまで昇って来た体を冷ます心地よい風が吹いて、私とディーの髪を揺らす。
「身を乗り出すと危ないよ」
「平気よ。落ちたりしないわ」
尖塔の先っぽは私とディーの二人で定員オーバーになるくらいの狭いスペースだった。上を見上げると屋根の裏側が見えて、そこから白い鐘がぶら下がっている。
「きれいな街ね。私の生まれた場所とは大違いだわ。活気もあるし」
私が珍しくまじめに景色に感じ入っていると、ディーが私の髪の先を触っているのが見えた。風に乱された髪がディーに当たって邪魔だったのかと思ったけど、そうでもないらしい。ディーが顔を近づけてくる。
「何?」
「僕と結婚する気、ない?」
「ないわ」
「即答……」
「ディーってば知らないの? 結婚って言うのは、好きあってる人間同士がするものなのよ?」
「僕がヴィマのこと好きだって言ったら?」
「無理よ。私、あんたのこと好きじゃないもの」
「…………」
ディーは顔を土気色にしていた。
「あ、別にあんたが嫌いって言ってんじゃないのよ。でも愛とか恋とかじゃないから」
「……うん……」
「あんたはいい友達よ」
「とどめさすのやめてくれない?」
フォローしたつもりなんだけど。
「ていうかあんた、私のこと好きだったの?」
「……別に。ただちょっと面白いやつだから、そばにおいてあげようかと思っただけ」
「あっそう」
「……僕の妻になったら毎日贅沢し放題だよ? お金も、人間も、好きなだけ使える。何が不満なわけ?」
「ヴァレンが売られた金で借金は返し終わったし、もう大金はいらないわ。贅沢は趣味じゃないし、人間なんていても邪魔」
「じゃあ、何が欲しいんだよ」
「言ったでしょ。私はもうすぐ貧民街へ帰るの。ここで欲しいものなんかないわ。しいて言うなら、帰った後の仕事かしらね」
ディーが不満そうな顔をする。元が良いとどんな表情をしても似合うからお得だ。
「じゃあ、こうすればいいじゃん。城で休暇を貰って、一度故郷に帰るんだ。それで落ち着いたらこっちに戻ればいい。別にやめなくても」
「は? 新人の私が自分の都合でまとまった休みなんて貰える訳ないでしょ」
「そこは僕が口添えしてもいいし」
「なんであんたにそんなことしてもらわなきゃならないのよ」
私がそう言うと、ディーはむっと顔をしかめた。
「そんな言い方……」
「じゃあ聞くけど、私があんたに頼んだの? 休みを取れるよう口添えしてくれって」
「それは」
「なんであんたが私を引き留めたいのか知らないけど、私に指図しないでよ。あんたにあーだこーだ言われる覚えはないわ」
「し、知らないけどって……!」
ディーが珍しく、感情的になっている。
「一分前の会話を思い出せよ馬鹿っ!」
「一分? どこの会話のことよ。もう一度言ってよ」
「もう一度!?」
「とにかく! 私は帰りたいの! そこはあんたが何と言おうと変わらないわ!」
「何でだよ頑固者。僕のことを友達だっていうなら、友達のお願いくらい聞いてくれてもいいじゃん!」
「う……っ」
偉そうにあれこれ言われるとはねのけられるけど、必死な調子で訴えられるとちょっと弱い。
「……でも、私、帰りたいの、どうしても」
「何で? 絶対に王都の方が良い場所でしょ。仕事だってここの方が賃金が良い」
「それでも私の生まれた場所よ。勝手も知ってる」
今までそんなに深く考えていなかったけれど、言葉にすると知ってしまう。私が頑なに帰ろうとしていた理由。
「……私、臆病になってるんだわ。今まではどんな時でもヴァレンと一緒だったから、不安に感じたことなんてなかったけど……これからは1人でやっていかなくちゃいけないんだもの。王都は水が合わないの。穏やかな人の表情も、きれいな空気も、楽し気な喧噪も、全部……私が生まれたところにはなかったものだから」
情けない。
出会って間もない貴族のお坊ちゃんの前で弱音を吐くなんて。これも全部ヴァレンのせいだ。
何だか湿っぽい空気になってしまった。ディーの顔を見るのも嫌だ。これで同情されていたりしたら恥ずかしくてやってられない。
私はディーが何か言う前にさっさと切り上げることにした。
「今日はありがとう。いい気分転換になったわ。帰る前に王都で思い出ができてよかった」
ディーが何か言おうとしてやめる。それから少し考えて、ゆっくり口を開いた。
「じゃあ、お前は……その兄貴が戻ってくれば王都にい続けてもいいわけ?」
「……まぁ、そうなる……のかしら? でもそんなことありえないわよ。喧嘩別れして嫌われちゃったもの」
「嫌われてるわけないじゃん……」
「え? 何?」
「別に」
今絶対何か言った。
「……帰る前にさ、その兄貴ともう一度話しなよ」
「は? 何でよ」
「ほら、もう一度話すことで何か見えてくるかもしれないじゃん」
「い、や。もうヴァレンと話すことなんか何もないわ」
「良いから。騙されたと思って行けって。行かなかったら絶対後悔するよ。もったいないよ! 分かった?」
「あんたの言うことを聞くのも嫌だわ」
「ワガママ言うな」
「私に指図しないで。偉そうに」
どうせいつもの悪態だろうと思って流そうとすると、ディーの手が私の腕を掴んだ。
「どうするかはヴィマの自由だけど……僕は伝えたから」
その真剣な様子に少し怯む。なんで私よりディーの方が本気なんだろう。
「せいぜい、後悔しないように選びなよ」
その言葉は重く私の耳に響いた。