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第三話 ディーとの休日②



「人のお金で食べるパンは最高だわ!」

「それは良かったね……」


 ディーと二人、城を抜け出して城下町へとやって来た。

 城下町は城を囲むように丸く広がった街だ。様々な商店や催しで賑わっていて、活気がある。

 人が多いから、気を抜いたらディーとはぐれてしまいそうだった。


「おじさん、そっちのお肉を挟んだパンも頂戴な。お金はこっちの男の子が払うわ」

「はいはい、払いますよ。約束だからね」

「まいど!」


 露天に立ち寄って食べ物を買ってもらう。


「あー、美味しい。幸せだわ。美味しいお肉って最高」

「へー、良かったね」

「あんたも食べる? 美味しいわよ」


 食べかけの肉入りパンを差し出してやると、ディーは分かりやすくうろたえた。


「い、いいよ。ヴィマが一人で食べなよ」

「何? 私が口をつけたから嫌なの? 貴族のお坊ちゃんは繊細で大変ね」

「別にそういう訳じゃないけど……言い方が腹立つな。食べればいいんだろ、貸して」


 ディーは私の手からパンを奪い取り、豪快に大口を開けて食べた。


「……うん、結構いけるじゃん」

「ねっ、美味しいでしょ。あんたも中々見所があるわ!」

「それはどうも」

「あっちで焼き魚が売ってるわ、あれも食べましょう」

「分かったから走るなって」


 露天をいくつも回って買い食いする。

 王宮の食事は味の上品なものばかりだったから、これでもかと調味料を使った下町の味が懐かしかった。


「意外とよく笑うね、お前」

「そうかしら? 今日はお財布を待ってくれる人がいるから浮かれているのかも」

「ちょっと待って、それ僕のこと?」

「それ以外に誰がいるのよ」

「そこまであけすけに言われると、最早怒りも沸かない……」

「今日はとことん付き合ってもらうわよ。

「むかつく顔」


 ディーが私の頬をいきなりつねる。


「そんなに楽しい?」

「まぁ楽しくなくはないわ」

「へぇ」


 ディーは眉を器用に片方上げて笑った。なんだかむかつく顔だ。


「せっかく遊びに来てるんだからあんたももっと楽しみなさいよ。ほら、次行きましょ」

「次?」


 ディーを引き連れてまずやって来たのは服屋だ。


「さっきから思ってたのよね。あんたの服装、ちょっと貴族っぽすぎるから目立つわ。何か服を買うわよ」

「服ったって……」


 服屋に並んだ商品を一つつまんで、ディーは微妙な表情をする。

 素材が気に入らないんだろう。当たり前だ。ディーが今着ている服とは値段が桁から違う。


「どうせ今日しか気ないんだから適当で良いのよ。ほら、これなんかどう?」

「なに、これ」


 カッターシャツにノリの効いた七部パンツ、それとサスペンダーにベレー帽。


「学生風のコーディネートよ。ベストもいる? ちょっと暑いかしら」

「まだ着るとは……」

「じゃあこっちは? 農民風」


 ゆったりしたシャツとオーバーオール。加えて色の薄い金髪を麦わら帽子で隠す。


「…………」

「意外と可愛いわよ」

「嘘つき」

「そうね、これはないわ」


 ちょっと遊びすぎたかもしれない。


「地味なので良いよ。ほら、こういう上着とか」

「こっちの帽子はどう? 可愛いわよ。色も黒だし、地味で良いんじゃないかしら」

「ちょっと着てみる」

「えぇ、それが良いわ」


 ディーが試着室に引っ込んだので、私も自分の服を探す。ディーに払わせて新しい服をゲットしてしまおうという算段だ。


 その辺にあった羽根つきのド派手な帽子をかぶってみる。うん、似合わない。


「あ、このコート可愛い。でも1着しか在庫がないのね……」

「どう……ぶふっ」


 すると、試着を終えたディーが私の所へやって来て、いきなり噴出した。そういえば、帽子をかぶったままだったのを忘れていた。


「何、その帽子……ギャグ? 僕を笑い殺すつもりなの?」

「……似合うでしょう?」


 ポーズをとって見せたらディーは更にウケた。


「あははっ、馬鹿みたい」

「あんた、度々私のこと馬鹿にしてくるわよね」

「気のせいだよ。それより、この服どう?」

「あー、良いんじゃない? 貴族っぽさはまぁまぁマシになったわ」


 ディーが着たのは襟付きのコートとちょっと豪華な刺繍がされたベスト。それにさっき私が選んだズボンとブーツだ。ちょっと裕福な商人の息子といった感じで、派手さは緩和されていた。


「その上着が欲しいの?」

「これ? あぁ、いいの。在庫が一着しか置いていないみたいだから諦めるわ」

「? なんで駄目なの? 一着あればいいじゃん」

「だって私とヴァレンの私服はお揃いだから、あいつの分も……」


 そう言いかけて気づく。

 そうだ、もうあいつのことを気にして服を選ぶ必要は無いんだった。


「一緒に買ってあげるよ」

「そう? じゃあ……」


 自分の分だけ服を選ぶのはなんだか寂しかった。


 私達は気のすむまで服屋を物色してから外へ出た。


 次に向かったのは酒場だ。

 男たちが集まって馬鹿騒ぎしていたけど、みんな笑顔で楽しそうだった。思ったより治安も良さそう。

 それでもディーはちょっと引いてるけど。


「とりあえず生二つ」

「かしこまりました!」


 テーブルについて、ディーとメニューを覗き込む。


「何食べる? ほら、こっちはお酒のメニューよ」

「昼間っから酒……」

「良いじゃない別に。たまには羽目を外さないとね」

「…………」


 ディーが私をじとっと睨む。


「あんたねぇ、さっきから思ってたけど、一体何を気にしてるわけ? 遊ぶ時は思いっきり遊ぶの! ほら、飲みなさい!」

「もう酔ってるの?」

「私の酒が飲めないっていうの?」

「アルハラだ……」


 店員が持ってきてくれたグラスを呷る。うん、上手い。


「あ、思ったより美味しい」

「でしょでしょ! そこのお姉さん、メニューのここからここ、片っ端から持ってきて。お金はあるから」

「お前、遠慮って言葉知ってる?」

「ほらディーも飲んで飲んで。私、お酌するの得意なのよ」

「分かったよ、分かったから」


 最初は嫌そうにしていたディーも、だんだんと楽しそうに酒を飲み始める。


「ヴィマ、お酒なくなって来た」

「はいはい。店員さーん!」

「ヴィマ、これ食べたい」

「これ? まだ食べられるの?」

「ヴィマ、暑い……」

「コートを脱いだらいいでしょ。ほら腕伸ばして」


 何故か私がこの男の世話係みたいになってる。

 まぁ良いけど。今の仕事はメイドだし、間違ってはいない。


 小一時間ほど飲むと、ディーはもうベロベロになっていた。


「ヴィマ、あーん」

「はいはい」


 ディーは酔いに酔うと、今度はやけに私に食べ物を食べさせようとして来た。

 野菜の肉巻きを私の口元にぐいぐい押し付けて来る。


「ペットに餌やってるみたいで楽しい。僕、ずっと動物飼いたかったんだよね」

「誰がペットよ」

「毛が黒いからヴィマは黒猫だね。にゃーって鳴かないの?」

「髪のこと毛って言わないで」

「ほら、あーん」

「はいはい」


 ヴァレンも酔うとスキンシップが激しくなるタイプだから対処には慣れている。好きなようにさせておけばいいのだ。


「酒なんて、つまらない会食の席くらいでしか飲んだことなかった。結構楽しいね」

「そうね、ご飯も美味しいわ」


 ディーはいつもみたいな皮肉っぽい笑顔じゃなく、年相応の少年らしい微笑みを見せた。


 その後も飲み続けて、酒場を出た頃にはもう日が傾き始めていた。


「おえぇ……っ、吐きそう……」

「馬鹿ね、自分の許容量くらい把握しながら飲みなさいよ」

「何でお前はそんなに元気なの……」

「私、ザルなのよね」


 ふらふらの足取りのディーに肩を貸しながら歩く。


「駄目だ……吐く」

「手伝ってあげましょうか?」

「手伝う?」

「だからこう、指をあんたの喉に突っ込んで……」

「いい、ほっといて」


 ディーは道の人気の少ない方へふらふら移動して、そこにうずくまる。草むらに吐いてしまうつもりらしい。


 流石に私に見られたくないかしら。貴族様だし、その辺はプライドとかあるかも。

 ということで気の利く私は、ディーが吐いてる間に飲み物を買ってきてあげたのだった。ディーの財布で。


「はい、果実水よ。飲みなさい」

「ありがとう……」

「このくらいの酒で情けないわね。しっかりしなさい」


 背中をしばらくさすってやると、ディーの顔色がだんだん良くなった。


「ふっ……あはは」

「何?」

「酒の飲み過ぎで吐くなんて、初めてだ。なんだか変な気分だよ」

「何事も経験よ。じゃ、次行きましょ」

「次は何するの?」


 うーん、どうしようかしら。


「綺麗な女の人がいるお店とか……」

「却下」

「じゃあ、大通りでもぶらぶらする?」

「それがいい。風に当たりたい」

「一人で立てる?」

「当たり前」


 まだちょっとふらつきながらもディーは一人で立ち上がった。

 酔っ払ってた時のディーならまず間違いなく「立たせて」とか言っていた。大分酔いも冷めたらしい。


「あっ、あっちに綺麗なアクセサリーのお店があるわ」

「ゆっくり歩いてくれない? 頼むから」

「良いから早く」


 アクセサリー屋は簡素な露天で、布をかぶせただけの台の上に大小様々な飾りが並んでいた。

 結構高価なのも置いている。城下町にしては高級志向だ。


「この首飾りはどう?」

「あんたには女らしすぎるんじゃない?」

「なんで僕がつけるんだよ。お前にどうかって言ってるの」

「私? 私は首飾りはつけないわ。引っ掛けたりしたら嫌だから」

「あっそ……」


 新しいピアスでも買おうかしら。今つけているのはヴァレンとお揃いの奴だから、私だけのピアスを買うのも良いかもしれない。


 ヴァレンにあれだけキツくフラれたんだから、私ももう気持ちを切り替えなきゃ駄目よね。コートだって新調したんだし。


「この石可愛い。どうかしら?」

「似合わなくもない」

「何で素直に似合うって言えないのよ」


 あ、こっちのアンクレットも可愛い。あら、向こうのも。目移りしちゃう。


「全部買ってあげるよ」

「さっすがディー! 愛してるわっ」

「あっ、愛って……調子の良い奴」


 ディーが赤くなって私の頭をしきりにはたく。照れ隠しなら自分の頭でやってほしい。


「おじさん、これ頂戴な」


 私は紫の石の耳飾りを店主に言って購入する。一応持っていた手持ちが全部消えた。


「何やってんの? 買ってあげるって言ってんのに」

「これは別なの。あんたへのプレゼントをあんたに買ってもらったら意味ないでしょ」

「僕へのプレゼント?」


 私は買った耳飾りを赤くなり始めた陽の光にかざして見せた。


「見なさい。この石、私の目と同じ色なのよ。今日一緒に遊んだ記念」

「こんな安い贈り物も初めてだよ」


 言い方の意地の悪さとは反対に、ディーの声は柔らかい。


「……ありがとう」

「どういたしまして」

「じゃ、こっちは僕から」


 ディーはさっき私が気に入ったものを全て買ってくれた。贈りあったものの値段の差は気にしないことにした。



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