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第三話 ディーとの休日①



「今日はまた、偉く落ち込んでるね」

「……落ち込んでなんかいないわ。落ち込むわけないじゃない、私が、あんな奴のために……」


 いつも通り城の庭を掃除していると、これまたいつも通りにディーが現れた。


「今日はチョコだよ。食べる?」

「要らないわ。そんな気分じゃ……むぐっ」

「お前に断る権利とかないから」

「なら聞かないでよ」


 口の中に溶けたチョコの甘さが広がる。でも全く元気は湧いてこなかった。

 いや、私は落ち込んでなんかいないけど。


「で、今日はなんでそんなに暗いの?」

「あんたに関係ないわ」

「そういう生意気なこと言うんだ」

「!」


 次から次へとチョコを口に突っ込まれて、頬がぱんぱんになる。

 口をチョコで塞がれて罵倒できなかったので、ディーのすねを蹴っ飛ばすことで抗議に代えた。


「いった、八つ当たりするなよ」

「今のは正当な抗議よ。見ての通り私は仕事中で、今は気が立ってるの。ほっといて頂戴」

「怖いなー。あ、分かった。例の……『ヴァレン』? と何かあったんでしょ」

「な、何もないわ!」

「分っかりやす……」


 ディーはにやりと笑って私の顔を覗き込んでくる。


「親切で優しい僕が相談に乗ってあげてもいいよ? ほらほら、話してご覧よ。喧嘩でもしたの?」

「喧嘩……」


 あれは喧嘩なのかしら。


 ヴァレンと喧嘩したことなんて数え切れないほどあるけれど、あんなに取り付く島のない拒絶は初めてだ。


 思えば、今までの喧嘩だってヴァレンが本気で怒ったことはなかった気がする。

 いつも謝るきっかけをくれるのは決まってヴァレンだった。私の機嫌が直った頃にパンの一つでも買って来て、「仲直りしよう」と言ってくれたものだ。


「うっ……」

「う?」

「っ、うわ~~~~~~んっ!」

「なっ、何!? どうしたの!?」


 泣き出した私を見て珍しくディーがうろたえていた。けれど涙が止まらない。


「うっ、ぐすっ、うぅ……私が悪いのよぉ……私が、ヴァレンを怒らせちゃったからぁ……」

「うん、あ、いや、そんなことないんじゃない?」

「そんなことあるの!」

「はい」


 あんなに怖い顔をしたヴァレンは初めて見た。ヴァレンが怒るなんて相当だ。それだけ私に嫌気がさしたのだ。


「ヴァレンは……私のためにずっと頑張ってくれてたのよ。美味しいご飯はいつも私に分けてくれるの。いっつも頑張って働いて、お金を稼いでくれて……私、ずっとヴァレンに甘えっぱなしで、だから、だから、私といるのが嫌になったんだわ……!」


 昨日見たヴァレンは貧民外の劇場にいた時よりずっと良いドレスを着ていた。髪も綺麗に整えられて肌色も良くて、きっときちんとお世話されておいしいものを食べているんだろう。


 何しろ相手はお金を払ってヴァレンを買うような奴だ。手枷足枷に目を瞑れば、それなりにヴァレンを大切にしてくれていることだろう

 変態監禁趣味に目を瞑るなら。


「それに、私、ヴァレンを守るって言ったのよ。なのにできなかったの。約束したのに~! ヴァレンを守るのが私の仕事だったのよ。自分の仕事もまともにできなかったから、呆れちゃったんだわっ」


 あの時ヴァレンの言いつけを無視して王国騎士たちと戦っていたら何か違ったんだろうか。


「ヴァレンは、あいつは……、私がいなくても平気なの。美人でかしこくてかっこよくて強いから、どこでだって生きていけるのよ。頼ってたのは私だけで、ヴァレンは私なんかいない方が良いの。今の生活の方が楽しいのよっ」

「うん、とにかく落ち着いて……」

「もう嫌いっ、ヴァレンなんか嫌い! 大っ嫌いだわ!」


 ディーが恐る恐るといった感じで私の背中をさする。


「じゃ、じゃあもう良いじゃん。そんな薄情な奴のことは忘れて、心機一転新しい生活を始めるって言うのは」

「言われなくてもそのつもりよ! これから私は1人で生きていくんだわ。街に帰ってまた護衛の仕事でもしようかしら。うん、それが良いわ! 早く街へ帰りましょう!」

「えっ!」


 ディーは酷く慌てたように私の肩を掴んだ。顔を覗き込まれて、ディーの薄灰色の瞳と目が合う。


「帰る? なんで?」

「なんでって……ここにはヴァレンを探しに来ただけだもの。もう用事は済んだから、仕事が落ち着いたら辞めるわ。最初からそのつもりだったし」

「辞めることないじゃん。市井で働くよりずっと給料も良いはずだよ。何も辞めなくたって……」

「でも、私この制服嫌いなの」

「制服?」

「このメイド服。こんなひらひらした服、性に合わないわ。お城の華やかな雰囲気もそうだし、ここでずっと働くのは無理。気疲れしちゃう」

「で、でも……」

「私が辞めようとあんたには関係ないでしょ」

「それは、そうだけど」

「暇つぶしならまた新しく見つけたらいいのよ。というか、メイドに絡むしか楽しみがないなんて、仕事を辞めて暇になった年寄りみたいよ。早いうちにやめなさい」

「うるさいよ」


 ディーはじとっと私を睨んだ後、大きなため息をついた。

 それから私の手を取る。


「よし、今日はこれから遊びに行こう」

「はぁ?」

「抜け出してさ、街へ行こうよ。僕が案内してあげる」

「何いってるの? あんたは暇でも私は仕事中なの。一人で行って頂戴」

「メイド長に話しておいてあげるよ。問題ない問題ない」

「あんたと遊びに行ったってつまらないわ」

「何でも好きなもの奢ってあげるけど」

「仕方ないから付き合ってあげる」


 という訳で、私はホウキをほっぽり捨ててディーと街へ繰り出した。



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