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第二話 ストレンジャーの猫②

ブックマークありがとうございました。

本日二話①②を続けて投稿しましたのでお間違えのないようにお気をつけ下さい。



 そんな風に城の庭の片隅でディーと他愛もないやり取りをしていた時、私の名前を呼ぶ声があった。


「ヴィマ! 今日は助かったわ!」

「先輩?」


 ブリムを外した先輩メイドが、庭を横断するように建てられている渡り廊下から声をかけて来た。丁度仕事上がりの時間らしい。


「良いのよ、給料もらってるんだもの。また必要があれば呼んで頂戴」

「本当にあなたがいてくれて良かったわ。今日はゆっくり休みなさいね」

「えぇ」


 先輩メイドが立ち去ろうとして、それから何故か再び振り返った。


「本当に夜更かししちゃダメよ? 最近は妙な噂もあるんだから」

「噂?」

「そう、怪談話! なんでもねぇ、夜中になると、城の中にどこからか美しい歌声が響き渡るんですって」

「……歌声?」

「えぇ。過去に王の寵愛を受けられずに死んだ妃の霊だとか、理不尽に処刑された宮廷音楽家の霊だとか、色々噂があるの!」

「へぇ、面白い話を教えてくれてありがとう。ねぇディー、クッキーもう一枚頂戴よ。先輩にあげたいの」

「僕をなんだと思ってるの?」


 そう言いながらもディーがクッキーを分けてくれた。


「先輩、これ……」

「あっ……」


 先輩はその時やっとディーの存在に気づいたらしい。ディーが柱の陰にいたから見えなかったんだろう。

 そして急に青ざめると、頭を下げて、凄い勢いで去って行ってしまった。


「しっ、失礼いたしました!」


 逃げていく先輩メイドの後姿を、ディーはつまらなそうに見る。


「……あんたに怯えてたように見えたけど」

「そう? 気のせいじゃない?」

「あんた、けっこう偉い奴だったりするの?」

「さぁね」


 ディーは答えようとはしなかった。





 誰もが寝静まった丑満時。私は静かな城の中を進む。

 衛兵が守っているのは地面だけだ。天井を伝っていけば警備なんて素通り。なんて楽な仕事だろう。


「ついでに何か金目のものでも盗んでやろうかしら……」


 夜中に響く歌声。

 歌といえばヴァレンだ。安直かもしれないけど、他に手がかりがない。私は噂を調べることにした。


 あの後先輩の他にも聞き取り調査をした感じ、二つのことが分かった。

 一つは歌が聞こえるのは真夜中、日付が変わった後程だということ。もう一つは歌が聞こえて来るのは城の上層階だということ。


 なので私はさっさく、真夜中にメイドの寮を抜け出し、城の中を調べているのだ。


「上階はこっちね……へぇ、客や使用人が入れるのはここまでで、ここからは王族のプライベートルームになってるの。お金の匂いがするけど、今は我慢だわ」


 どっちへ行けばいいのか分からずきらびやかな廊下をうろうろしていると、どこからかメロディが聞こえてきた。


「これ……」


 息を殺し、耳をひそめる。自分の心臓の音すら邪魔だ。


「間違いない、ヴァレンの声だわ。向こうから聞こえる」


 気持ちが急いて、つい廊下を走り出しそうになる。

 いけない、いけない。ここで見張りに見つかったら全て水の泡。こういう時こそ冷静にならなきゃ。ヴァレンがいつも言ってたことだわ。

 廊下をさまよい回り、歌声が一番大きく聞こえてくる扉を突き止めた。


 ここだ。間違いない。

 ヴァレンはこの部屋にいる。


 私は天井を伝って部屋の扉の所に立っていた兵士の後ろに回り込む。そしてそのまま羽交い絞めにし、静かに床に横たえた。兵士は泡を吹いて気絶している。


 扉に手をかける。カギはかかっていなかった。


 どきどき、と。心臓が高鳴っている。やっと、ヴァレンに会える。


「……ヴァレン、いるの……?」


 部屋の仲はとても広かった。天井が丸く高く作られており、鳥かごの底から見上げているような気分にさせられる。

 壁にはめ込まれた大きな窓からは青い月が覗き込んでいて、明かりのない部屋を眩しく照らしている。


 そして、その部屋の真ん中、柔らかなクッションにくるまって座っているのは、紛れもなくヴァレンだった。


「ヴァレン」


 ヴァレンは光沢のある黒のドレスを着て、大粒の宝石だらけのアクセサリーを身に着けていた。まるで、どこかの国のお姫様みたいだ。

 でも、そんなことはどうでもいい。


 ヴァレンの手足で光る銀色の金属の輪。そこからは鎖が伸び、壁に繋がっている。


 枷だ。

 ヴァレンが枷にはめられて、この部屋に繋がれている。


「ヴィマ……」


 ヴァレンの紫の瞳が私を映す。その目は揺れていた。


「やっぱり来たのか……」


 ヴァレンは重いため息をついた。


「ヴァレン、一ヵ月ぶりね。すぐ帰るって言ったのに、どうしてさっさと戻ってこないの?」

「…………」

「ヴァレンが戻ってこないからわざわざ私が王都まで来たのよ? 大変だったんだから。聞いてよ、この城に入るために私、メイドになったの。私がメイドよ? 笑っちゃうでしょ」

「――なんで来たんだ」

「はぁ?」

「なんで来たんだって言ってるんだ! お前は、お前は……いつもそう、考えなしに動いて、その後どうなるかなんて考えもしないで、俺の苦労を無駄にして……あぁもうっ」


 ヴァレンは苛立たし気に吐き捨てた。


「結果的に何も言わずにいなくなったのは悪かった。でも、もう僕は戻らない。だからお前は早く街に帰れ」

「帰れったって……」

「早く出ていけって言ってるんだ。分からない奴だな」

「何言ってるの? 状況が全然分からないわ。まずちゃんと説明してよ」

「いいから帰れ! 一刻も早く、この城から出て行け!」


 ヴァレンがしきりに扉の方を見ながら言う。あの扉から誰か入ってくるんだろうか。私は意味不明な状況から逃避するようにそんなことを考えた。


「ねぇヴァレン、話を……」

「もう、お前の顔なんて見たくない。さっさと消えろ」


 何か嫌味の一つでも言ってやりたかったけど、ヴァレンの冷たい目に射抜かれてたじろいでしまう。


「お別れだ、ヴィマ」


 ヴァレンはそう言うと、私から目をそらした。


「侵入者だ! 誰かここに!」


 ヴァレンのよく通る声が響く。部屋の扉が乱暴に開け放たれ、見張りの騎士たちが雪崩れ込んできた。


「……っ」


 ヴァレンの方を見るけど、あいつはもう私を見ていない。


 少し泣きそうになる。でも、悔しかったのでなんとか泣くのを堪えて睨みつけた。

 窓を開けて、窓枠に足をかけて身を乗り出す。


「ヴァレンなんかもう知らないわ! せいぜい良い暮らしをしてぶくぶく太れば良いのよーっ!」


 私は思いっきり、窓の外へ飛び降りた。



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