第四話 退屈王子と友達の猫④
第四話①〜④を続けて投稿しています。お間違えのないよう、お気をつけください。
「ヴィマー! 悪いけどこっち手伝ってもらえる? 荷物が重すぎて運べないのー!」
「今行くー!」
メイド仲間に頼まれて、両手いっぱいの荷物を抱える。
うん、これは私でも少し重い。女の子では無理だろう。
「誰よメイドにこんな重い荷物を運ばせるのはっ、男がやりなさいよこういうのは」
私は相変わらず城のメイドとして働いていた。制服はメイド服でスカート。スカートの中には今日も暗器をたくさん仕込んでいる。
「お前より力が強い男なんかいないでしょ」
後ろから頭を触られて、誰かと思えばディー……じゃなくて、ディートリヒ王子だった。
「あら、ディートリヒ第一王子殿下、ご機嫌麗しゅう」
「それやめてよ気持ち悪い」
「でもディートリヒ殿下は王子様でいらっしゃるんだから、今までのように接するなんて無理だわ」
「……嘘ついてたの、まだ根に持ってるの?」
「当然よ」
そしてディーは相変わらず私が仕事をしている後ろをついてくる。本当に暇な奴。
「暇ならお気に入り部屋にでも行っていたらいいじゃない。何度も言ってるけど、仕事中について回られると邪魔なのよ」
「今、部屋はそんなに賑やかじゃなくなっちゃったから、お前といる方が楽しい」
「賑やかじゃなくなった? ヴァレンがいなくなったから?」
「それもあるけど……閉じ込めてた人間たちを全員解放したんだ。だから、部屋が穴だらけで結構寂しいんだよ」
「へぇ」
「お前がいればいつでも外に見に行けるからね。 部屋の中に置いておく理由がなくなったんだ」
ディーはディーでちゃんとやっていく気があるらしい。感心だ。
私はディーの肩を軽く二回叩いて褒めてやった。ディーは不思議そうな顔をしていた。
あれから。
ディーは結局私達を解放することを選んだ。ただし、条件付きで。
その条件というのが城で使用人として働くこと。それも私だけじゃなく……、
「はいはい、メイドはお触り禁止ですけど」
「うわ出た、シスコン」
「うるせぇよ監禁魔」
ヴァレンも一緒に。
「ヴィマにべたべたするな。仕事の邪魔だ、散れ」
「言うだけ無駄よ。放っておくのが一番良いわ」
「ったく……」
正直まだ王都にも城にも慣れた気はしないけれど、ヴァレンが一緒ならやっていける。それでも、しばらくしたら休みをもらって一度帰るつもりだけど。
「……で、なんでお前はそっちなの? 男の服を着ろよ」
ディーが嫌そうにその話題に触れる。
ヴァレンが着ているのは私とお揃いのメイド服だ。私と違ってふんわりしたスカートもばっちり似合っている。
「だって男要員だと肉体労働させられるだろ。俺、マイクより重いもの持ったことないから」
「ええ、ヴァレンは重いものなんか持たなくていいの。私に任せて。ヴァレンの綺麗な手に傷がついたりしたら大変」
「さんきゅ、ヴィマ」
「甘やかすなっ」
喋りながら歩いているうちに、指定された場所まで着いた。荷物を下ろして一息つく。
「ヴィマもそろそろ休憩だろ? 一緒に食堂に行こうぜ」
「良いわよ。今日のお昼は何かしら」
「ちょ、ちょっと、一緒に行くのは良いとして、腰に手を回す必要ある?」
「?」
見ると、ヴァレンの手が私の腰に回っていた。いつものこと過ぎて気にしてもいなかった。
「ヴァレンの距離感はいつもこんな感じよ」
「なっ……じゃ、じゃあ僕も一緒に行く」
「一緒にって、食堂に? 使用人用の食堂よ?」
「僕も行く。そこで一緒にお昼を食べる。良いでしょ?」
「良いでしょったって……あんたが食べなれてるようなものは出ないわよ? どうしてそこまで……」
部屋に戻れば王子様用の豪華な昼食がとれるのに、どうしてわざわざ?
私はにらみ合い軽口を交わしあう二人を見る。
いつものことながら、仲が良さそうだ。2人はお互いを嫌っているようなことを言うけど、その割にはいつも突っかかったりしていて、絶対に仲がいいと私は思っている。
「はっ……!」
唐突にひらめいた。
私、分かってしまった……。
ヴァレンを誘拐して(一応お金を払った正当な取引らしいけど)手錠をして囲っていたのに、急に解放した理由。
あの時、無茶苦茶な私の提案を呑んだ理由。すっと不思議だったのだ。
その謎が今解けた。
私はディーを呼び寄せ、その耳元でこそっと囁いた。
「ディーってば、ヴァレンに恋しちゃったのね……?」
「は?」
「恥ずかしがることないわ。ヴァレンはとっても美人で素敵だもの。男の人に恋されることも珍しくないのよ。ディーは面白い奴だし、友達だから、応援してあげても良いわよ。あ、もちろん、一番大事なのはヴァレンの気持ちなんだけど」
「はあぁ?」
「ひょっと、いはいんらけろ」
びよーんと頬を引っ張られる。そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。
「へーぇ。お前、俺のこと好きだったんだー、へー」
「お前、この……っ」
「ディー、好きな子に意地悪するっていうのはディーくらいの歳になったらもう卒業しておいた方が良いわよ」
「いっ、い、意地悪なんかしてない! 僕はいつも思ったことを言っているだけで……」
「友達の私は目をつぶってあげるけど、ヴァレンにはヴァレンのことを好きな人なんて沢山いるんだから。愛想をつかされちゃうわ」
実際、働き始めてまだ数日だというのに城の人間の間でヴァレンの美貌と美しい声はもう話題になっている。
「こいつに愛想をつかされた所で一向に困らない! 大体、僕が好きなのは……!」
「好きなのは?」
ディーが言葉に詰まった。
「…………っ!」
「ヘタレ」
ヴァレンがにやにや笑う。ディーはそれを悔しそうに睨みつけている。やっぱり仲良しじゃない。
ディーは結局1人で怒りながら自分の部屋へ戻っていった。あの感じだと午後にもまた来そう。
食堂へ向かう道すがら、ヴァレンとそう言って笑いあう。
「二人って本当に仲が良いわよね」
「俺とディートリヒが? ないない、ありえない」
「私にはきっついこと言ったくせに、ヴァレンはディーとは仲良くしてたのよね」
「だから仲良くないっつーの。というか、俺にお前以上に大事な奴がいると思うのか?」
「……それはないわね」
「だろ?」
私が言うのもなんだけど、シスコンだから。
「でも、あんなに言わなくっても良かったじゃない。私の顔が見たくないとか、酷すぎるわ」
「悪かったって。あの時は俺も余裕がなかったんだよ。お前がディートリヒに捕まらないように色々気をもんでんのに、それなのにお前が自分から来たりするし。お前はいつも俺の想定通りに動いてくれないから……」
「何よ、私が悪いって言うの? もとはと言えばみすみす捕まったヴァレンが悪いのよ。それに私が勝手に城に忍び込んだのだって、普段から作戦を考えてくれるヴァレンがいなかったからだもの。つまり、全部ヴァレンが悪いの。謝って」
「はいはい、俺が全部悪かったですよ」
「分かればいいのよ」
「全く可愛い妹だよ、お前は」
「そうでしょう」
ヴァレンの手がわしわしと私の頭を雑に撫でる。
「お前に友達ができて俺は嬉しいよ」
「ディーのこと?」
「他に誰がいる。あーあ、可愛い妹もいつか俺の手を離れて行くのかな」
「あら、やきもち? 私はヴァレンのことが一番好きよ。安心してね」
「……嬉しいけど、これは道のりが長そうだな……」
「何か言った?」
「別に」
廊下の向こうから良い匂いがしてくる。
「早く行きましょ、ヴァレン。さっさと食べて、ディーの部屋に遊びに行ってあげるの。あいつ、いつも暇してるからきっと喜ぶわ」
「そうだな」
それでついでにお菓子も貰おう。うん、良い考え。
きっとディーは今日も、私の好きなお菓子を用意してくれているはずだ。
ヴァレンを交えて3人でお茶をするのも良い。
なんたって、私たちは友達なんだもの。
これにて完結になります。
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