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第一話 さらわれた歌姫



 小さな劇場に美しい調べが響き渡る。


 壇上に立つのは『黒玉の歌姫』。今話題の超人気歌手だ。

 貧民街のこのオンボロ劇場でしか歌わないことや、仮面をつけて顔を隠していること、けしてファンと言葉を交わさないこと。

 そんな様々な制約があるにもかかわらず、今王都を騒がせている大スター。

 高慢ちきな貴族でさえも貧民街まで鑑賞に来る、前代未聞の謎のカリスマ。


 それが『黒玉(こくぎょく)の歌姫』。


 私はそんな歌姫を舞台袖からそっと眺める。

 名前通りの美しい黒髪と、すらりとした体躯、そしてそれに合わせたドレスがとっても似合ってる。


「今日もすごい。いつ聞いても綺麗な声だわ」


 曲はそろそろクライマックスで、客席には気絶している人さえいた。相変わらずの威力。


「はっ……だめだめ」


 私の仕事は歌姫の護衛。

 だから私は聞き入らずにしっかり周囲を警戒してなきゃと思うのに、歌声が綺麗すぎて、やっぱりどうしてもうっとりしてしまうのだった。





「ふーっ、今日もいい汗かいたー」

「お疲れ様、ヴァレン。今日も世界一綺麗だった」

「当然。なんたって俺は世界一可愛いお前の兄貴だからな」


 壇上から降りてきた『黒玉の歌姫』――ヴァレンを楽屋で迎える。仮面と髪飾りを放り投げて、ドレスも乱暴に脱ぎ捨てて、下着姿になったヴァレンに良く冷やした果実水を手渡す。ヴァレンは豪快にそれを飲み干した。


 上半身裸でくつろぐヴァレンを見やる。少し骨ばった、平らな胸が見える。

 長い髪は自前だけど、ステージ上の胸のふくらみは偽物なのだ。


「何だよ、じろじろ見て。俺の裸なんか見慣れてるだろ」

「舞台上の歌姫と比べてたの。歌ってるときは本当に美少女に見えるのに、こうしてみると男の子だなって思って」

「まぁ、ステージは暗いし、ドレスとストールと化粧でうまいこと隠してるからな。まさかあいつら、夢にも思わないだろうなぁ。話題の歌姫が男なんて。ま、女と名乗ったことはないから、あっちが勝手に勘違いしただけなんだけど」

「でも、この頃は女装してステージに上がってるんだから、確信犯でしょう。ばれたらきっと沢山怒られるわ」

「だって女の方が実入りが良いんだよ。貴族なんてスケベばっかだからな。女のふりしてた方が都合がいい」


 手でお金のマークを作ってヴァレンが笑う。


「……ごめんなさい。私がヴァレンみたいに上手に働けないから……」

「は? なんだよ急に」

「借金の返済、ほとんどヴァレンに任せきりで、いつも苦労をかけてるでしょう」


 私たちはこの劇場のオーナーに借金がある。

 父親が作った借金だ。

 その父親はとうに蒸発してしまって、私たちで返済するしかないんだけど……私にはヴァレンみたいな突出した特技がないから、大金が稼げない。

 毎日こつこつ働いて少しずつお金を貯めてはいるけれど、今の所借金の半分以上をヴァレンが返してくれているのが現状だ。


「ばっか、そんなの気にすんなって。お前が稼いだ金はそのまま取っとけ。そうだ、全部返済が終わったら、その金で美味いもんでも奢ってくれよ」

「それは良いけど、そんなことじゃ駄目よ。私、もっともっと働くわ。見ててね、ヴァレン。私頑張るから」

「はいはい。ほどほどにな。もう帰ろーぜ」

「ちょっと、私の話ちゃんと聞いてる?」

「聞いてる聞いてる。ほら行くぞー」


 いつの間にか普段着に着替えていたヴァレンが荷物を持って楽屋を出ていこうとする。私もあわててその後に続いた。


「もうヴァレン、早い……」


 楽屋の扉を開けて外へ出ると、汗臭い巨漢が扉の前をふさいでいた。身長が私の倍以上あって、横幅は十倍くらいありそう。脂肪の塊。


 そのでかい体が月の光を遮っていて、劇場裏の路地がいつもより暗くなっていた。


「へ、へへ……お、おれ、歌姫を待ってるんだ……」


 ヴァレンが上着のフードを深くかぶる。ステージ上では仮面をしてるとは言え、まじまじと見られたらバレる可能性があるからだ。

 私はヴァレンを背中に隠して前へ進み出た。


「う、歌姫はまだ、中か? おれ、大ファンで……あ、握手、してもらおうと思って……あんた、劇場のスタッフ、か? 歌姫はどこだ?」

「歌姫はファンとは会わないわ。そういう決まりでしょう」

「お、おれは、毎日毎日、こうして通ってるんだ! あの子がまだ無名だった頃から、ずっと! おれはあの子と会う権利がある! いっ、いいから、歌姫を出せ!」

「だめ」


 男の太い腕が私に向かって伸ばされる。私はそれをねじり上げ、上へ投げ上げる。男の巨体は大きな音を立てて地面に落下した。

 受け身も取れてない。痛そう。


「がっ……! お前! 歌姫の護衛の、『剛腕』のヴィマか!」

「そうよ。私が守っている限り、歌姫には指一本触れさせない。大人しく帰りなさい。しつこいようだとオーナーに言って出禁にするわ」

「くそっ、お、覚えてろ!」


 巨漢は捨て台詞を残して走り去っていった。


「大丈夫? ヴァレン。怪我はしなかった? 土埃はついていない?」

「平気だ、助かった」

「何言ってるの。こういう時のために私がいるんだから、助けるとかじゃないわ」


 ヴァレンは美しい歌声を持って生まれ、私は強靭な体を持って生まれた。それぞれの個性を活かすのは当然のことだ。

 悲しいかな、私の怪力はあんまりお金にならないのだけど、それは言っても仕方がない。


「ヴァレンのことは絶対守るわ。だから、ヴァレンは安心して歌っていてね」

「あぁ。背中は任せたぜ、ヴィマ」


 ヴァレンが冗談めかして笑う。私も笑い返した。


「――失礼」


 ざっと、一糸乱れぬ足音がして、私たちは取り囲まれた。かすかな金属音がする。

 鎧だ。こいつら全員、武装している。


「……何、誰よ、あんたたち」


 声をかけられるまで、全く人の気配はしなかった。手練れだ。


「『黒玉の歌姫』殿をお迎えに参った。歌姫は……貴女か?」


 集団から一歩進み出たリーダー格らしき男が、私の腕を強くつかんだ。


「違う! 『歌姫』は俺だ。そっちは関係ない」

「……なるほど。ではご足労願いましょうか」

「ちょっと、何? ヴァレンに何するの! 私の兄に触らないで!」

「ヴィマ!」


 ヴァレンを捕まえている男に殴りかかろうとした私を、ヴァレンは鋭い声で制した。


「……やめろ、よく見ろ」

「え?」


 月の光に、男の胸元で何かがきらりと光った。

 それは私みたいな貧民でも知っている、有名な紋章。正統なる王国騎士団の証、その身分証だった。


「お、王国? 国が何でヴァレンを」

「敵に回せして無事に済むような相手じゃない。落ち着け、ヴィマ。ここでは暴れるな」

「『歌姫』殿は冷静なようだ。既にここのオーナーに話はつけている。金も支払い済みだ。さぁ『歌姫』殿、我らと共に来ていただきましょう」

「じゃ、じゃあ、私も一緒に……」

「お前は来るな。まっすぐ家に帰れ」

「でもっ」

「大丈夫だ。すぐ戻る。だから、それまで大人しく良い子にしてろ」

「ヴァレン……」


 私はどうするべきなの? ここで暴れまわってヴァレンを連れて逃げるべき? それとも、ヴァレンの言うことを聞いて引き下がるの?


 どうしたら……。


「……わ、分かった……ヴァレンの言うとおりにするわ。だから、早く帰って来てね」

「あぁ、分かってる」


 月の明るい晩、私は武骨な騎士たちに連れていかれるヴァレンを見送った。


 ヴァレンは、それからひと月経っても帰って来なかった。




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