第一章 第九話 茶番開幕
倒れた猪は声を荒げながら、動こうとするが、拘束されているので動くことはできない。
「なんか怖いから、目と口も縛っとこ」
青年はそう言い、指を振ると帯が伸び、猪の目と口を縛る。
「すごいですね」
横たわる巨大な猪を見ながらこう思う。この世界はこんな動物だらけなのか。
横で同じく猪を見ている青年を見てこう思う。この世界では理解のできない能力を持って当たり前なのか。
青年と視線が合う。青年は手を組み大きな頭で首をを傾げる。
「んー。どっかで……あっ、転校生か!」
俺のことを知っている? 一緒の学園なのか?
「僕を知ってるんですか?」
「知ってるも何も、二年で転校すること自体珍しいだろ? あと見慣れない生徒がいるなって思ってよ」
そう言い、団扇を左手に移し、手を出す青年。
「俺、水島 亮夜。同級生だし、敬語なしでいこうぜ」
「わかった。大神 宏だ。この世界から出よう」
そう言い、彼の手を握る。そう言えばさっきまで握っていた剣はどこに行ったのだろう?
「それは同意する。怖いもんな」
フゴっと猪が声をあげると、亮夜はうわっとびっくりする。
「こいつの処理が先だな」
そう言うと、檳榔の葉でできた団扇の扇部分を一本折り、猪の眉間の間を軽く押す。
彼が持っていた檳榔の葉は猪に吸い込まれるように消えた。
「よし。オン・マニ・パドメー・フン」
巻かれた帯が解かれていく。
やばいんじゃないか。
また襲われると思ったが、肌がピリピリしない。
帯は亮夜の腰に巻かれる。猪は先程の殺気はなく、立ち上がりそのまま山の方へと走りさるのであった。
「何したんだ?」
「えっ? 俺の従者にした」
従者にした? 彼は何を言っているんだ? なんでこんなにスムーズに行動できているんだ?
「従者にした? なんでそんなことが分かるんだ?」
「なんでって……分かるものは分かるから。あんたはわからないのか?」
「分からない。自分のこの能力がわからない」
ここで仮説を立てるなら能力を持った時点で分かる人と分からない人がいるのだろう。
そう思っていたら、後ろの方から「ブラボォォォブラボォォォ!」と声が聞こえる。
振り向くとガラス張りの陸橋の上に、長身で漆黒肌の男が表面赤と青のメガネを掛け、ポップコーンをこぼしながら、スタンディングオベーションをしている。
「あれは誰だ?」
亮夜が声を震わせながら言う。
「あれは……」
そうブギーマンを指差そうとすると、後ろから声が聞こえる。
「『あれ』とは酷いですねェ。私、物じゃないんですよっ!」
「「うわぁぁぁ!」」
「アアアアアア!」
叫んだ後、俺たち二人は右手を胸に当て、心を落ち着かせる。
「全く、こんなんじゃこの先どうするんですか?」
「この先? この先ってなんだ? 俺たちは直ぐに起きるぞ」
「そうだ。こんな場所一秒でもいてたまるか!」
そう亮夜が言うと、ブギーマンは腕を組み始めた。
「それは困りましたねぇ。この謎を解かないと、あなたたちの住んでる世界が危険な事になってしまうのですが……」
ん? 今なんて言った? 俺たちの住んでいる世界が危険な事に?
「どういうことだ?」
「えっ? 聞きます? 聞いちゃいます? でも教えなぁぁぁい!」
「なんでだよ! 俺らの世界がどうなるんだよ!」
「それを知るには神代 零さんを探してみてください。彼女がそのヒントになるかもしれません
よォ」
ブギーマンは右手で顎を抑え、笑顔で言う。
「でもどうやって探せばいいんだ?」
そうブギーマンに問うと、ブギーマンは二人に別れ、ひとりのブギーマンがオドオドし始めた。