この葡萄酒は私の血
ようこそ「葡萄珠のお店」へ!
お好みは緑のブドウ? それとも紫? うちのはたまに「当たり」も混じっているからね、くじ引き感覚で選んでね!
……ええ? 『ブドウダマってなんですか』? うそでしょ、あなたこんなに有名なお菓子を知らないの? ははあ……さてはあなた異国のひとね。濡れたカラスの羽根みたいな真っ黒な髪をしているもんね。
それじゃあ教えてあげましょう。葡萄珠はね、ブドウの粒に砂糖衣をかけたお菓子よ。
作り方はとても簡単。
砂糖水を鍋で熱して、煮つまったころに皮をむいたブドウの粒を入れるのよ。あとは十分に粒に砂糖を煮絡めて、火を消して粒をころころ転がすの。それだけで砂糖がまぶさって固まって、ブドウが綺麗な砂糖衣をまとうのよ。
え? 『そのお味は』? ふふふ、買って食べれば分かるわよ! あなた旅人さんみたいだし、大瓶は荷物になるからいやよねえ。この小さな瓶のやつがおすすめよ。長旅に疲れたときに元気づけに食べると良いわ!
んん? 『お菓子のおまけと言ってはなんですが、葡萄珠にまつわる面白いお話があれば教えていただきたい』ですって?
ふふふ、おかしな旅人さん! 「土地のメルヘン研究家」? へええ、おかしな職業があったものねえ! 分かったわ、それじゃあひとつ小さなお話をあげましょう。
今からちょっと昔のことよ。
ある国のあるお屋敷に、青年貴族が住んでいたの。青年貴族の名前はヘロド。ヘロドはお酒が好きだったの。美味しいお酒はもちろんだけど、珍しくて奇妙なお酒も好んでいたの。
そんな彼は、エリスという名の少女をひとり飼っていたのよ。
エリスは「神酒族」の生き残り。神酒族は頭に天然のブドウを生やした神の末裔。最高に愛して育むと、その血は最上の葡萄酒のような味がすると言われていたの。
エリスの世話は、ユータという少年にまかされていたの。
(ユータが愛して育んで、美味しくなったエリスの血をそっくりいただこう)
それがヘロドの狙いだったの。なんとも生粋の貴族らしい、思いあがった考えね!
そんなもくろみの中でやがてエリスはおとなになって、その血は十分「成熟」したの。
その熟れた血を最初に口にしたのは、世話役のユータだったのよ。なにも働きのごほうびじゃない、単なる毒味だったのだけど。
ともかくユータにはその血はとても美味しく思えた。あまりの美味に涙をこぼすほどだったの。その様子を見たヘロドも息せききってその血を飲んだ。けれどヘロドはすぐさまその血を吐き出したの。ヘロドにはその「最上のブドウ酒」は色のついた泥みたいな味がしたのよ。
「おのれユータ、たばかったな! これほどまずいしろものをさもさも美味げに口にして、わたしをだましたのだろう!」
まあ本当にそうされてもしかたがないわね。ヘロドはユータにろくな食事も与えないで、一生屋敷で飼い殺すつもりでいたのだから。
とにかくヘロドはそう思いこんで怒り狂って、ユータとエリスを屋敷から追い出してしまったの。泥のような飲みもののうつわとその世話役なんて、飼っていても何の役にも立たないものね。
(だけどどうしてなんだろう? ぼくにとってはエリスの血は、本当にこの世のものとは思えぬくらい甘くて美味しかったのに!)
訳が分からない様子のユータに、エリスは微笑って明かしたの。
「とても簡単なからくりよ。神酒の味は、神酒族を愛してくれた人の舌にしか作用しないの。あたしの血を美味しく感じるのはあなたの舌だけなのよ!」
やっと納得したユータは、声を出して笑い出したわ。
そんな彼にエリスは告げたの。
「ねえ、ユータ。どこかやせた土地を探して、家を建ててブドウ畑を作りましょう。そうして採れたブドウでお菓子を作って売りましょう。あたしの頭のブドウの粒も『当たり』として入れましょう!」
そうして出来たのがこのお店。
以上、お店のオーナーの妻「エリス」からのお話でした!
ん? あああなた! 今ね、あたしたち夫婦のなれそめの話をしていたところ! え? なあに別に話しても良いじゃない!
ああ、また店の奥に引っこんじゃった。ごめんなさいね、ユータは昔から人見知りの恥ずかしがりで……。
え? あたしの頭に飾ってあるブドウ? ええ、もちろん本物よ! これがうちの商品の「当たり」のもとになるブドウ。
大サービスよ、これを生のまま食べてみる?
大丈夫、神酒と違ってこっちは口にした誰もが美味しく感じるの。ほっぺたが落ちないようにお手てで押さえといたほうが良いわよー?
自信たっぷりに微笑う夫人の頭から、私はひと粒緑のブドウをつみとった。
恐るおそる口に含んだ瞬間にぱちっと甘い水がはじけて、うそのようにたったひと粒でのどの渇きがうるおった。
美味しいブドウに甘いお話、かばんの中には買ったばかりの葡萄珠。
私は芯から満ち足りて、元気いっぱいに次の街へと歩き始めた。
少し疲れたころあいに口に転がしたブドウのお菓子は、しゃりしゃりとまるく甘酸っぱく、初恋のような味がした。(了)