Side イオリ 4.
『一先ず安心だな…いや、ここからが難儀か…』
家族と神殿長への挨拶を済ませ、サクラの護衛を担当するニックとロビンとも顔合わせした。彼等は王宮近衛隊で鍛えられた将来有望株だ。必ずやサクラを護ってくれるだろうと、イオリも絶大な信頼を寄せている。
いよいよバルコニーに出て国民への披露目の時間。
腕の中のサクラは緊張からかふるふると身体を震わせ俯いていて、さながら街に売られる子羊の様である。
「心配することはない。王家の皆と同様、国民もサクラが降り立つこの日を待ちわびていたのだ。そなたの可憐な姿を一目見れば、より一層歓びも増すであろう。さぁ笑顔を見せておくれ、マイハニー。」
抱き上げた腕に少しだけ力を込め、耳元で優しく問いかければ、首すじまで真っ赤に染めながらも、おずおずとその可愛らしい笑顔を見せてくれた。
「共に生きよう。そなたを愛し、守り、慈しむ事をここに誓う。」
想いを込めてそう告げればサクラも…
「はい、貴方と共に生き、貴方を愛し、支え、導く事をここに誓います。」
そう言って頬にキスを送ってくれた。
――――――――――――――――――――
「イオリ国王万歳‼︎ サクラ王妃万歳‼︎」
「イオリ様ー‼︎‼︎ サクラ様ー‼︎‼︎」
「おめでとうございますー‼︎‼︎‼︎」
時間になり、サクラを抱いたままバルコニーへと足を踏み入れた途端、割れんばかりの拍手と祝いの言葉が次々に聞こえた。
その光景に感極まったサクラは泣きながら、それでも笑みを浮かべて国民に手を振った。
そんなサクラを愛おしげに見つめた後、イオリも国民に極上の笑顔を向けたのだった。
――――――――――――――――――――
サクラの披露目とイオリの戴冠式を同時に済ませ、イオリは再びサクラを抱き上げて王宮へと戻った。
一階は広々としたエントランスホール、右側には近衛隊の詰所と仮眠室、左側にはキッチンダイニングがあり、奥は舞踏会なども行えるサニレインホールがあるだけだ。
エントランスホール中央の階段を上がると、右側には王と宰相の執務室、左側には王と王妃の私室が並ぶ。
三階は王宮で働く者達が住んでいる。
王妃の私室『新緑の間』に入り、イオリはサクラを座り心地の良いソファーにそっと降ろした。
そして、部屋に待機していた侍女二人をサクラに紹介した。
「サクラ、この二人はアリエルとサナ。今日からサクラの身の回りの世話をする。必要な物があったり、して欲しいことがあったら何でも言うと良い。由緒ある家柄の娘達だ、私も信頼している。」
「アリエル、サナ。くれぐれもサクラをよろしく頼むよ。」
「アリエルさん、サナさん、どうぞよろしくお願いします‼︎」
「サクラ様‼︎…っ…頭をお上げ下さいませっ。サクラ様は王妃様であると同時に巫女様でもあらせられます。そう安安と頭を下げられてはなりませんっ…わたくしはアリエル、こちらはサナで御座います。御用は何なりとお申し付け下さいませ。」
サクラに二人を、二人にもサクラを紹介すると、頭を下げたサクラに二人が慌てて止めに入る。
丁寧な言葉で諭されても、先ほど神殿長にも同じ様な事を言われたけれど、サクラは納得出来ない様子であった。イオリは一歩下がって、事の成り行きを見守る事にした。
――――――――――――――――――――
「私が住んでた世界ではね、どんなに偉い人でもお礼をする時は頭を下げるし、悪い事をした時にも深々と頭を下げるの。お礼と謝罪に身分は関係ないと私は思うのよ、同じ人間だもの。挨拶も同様よ。」
そう静かに語りかけたサクラに、侍女二人は勿論、私も目から鱗状態で暫く動けなかった…。
『お礼と謝罪に身分は関係ない、同じ人間…挨拶も同様…どうしてこんなシンプルで素晴らしい考えに、今まで自分達は至らなかったのか…情けない限りだな…』
そう頭を振ったイオリはサクラの隣へと腰掛け…
「サクラ、そなたの言う通りだ。こちらの常識がそなたには当てはまらない、逆にそなたの常識がこちらに当てはまらない事も今後幾つも出てくるであろう。
その時はこの様に話し合おう。話し合って、解り合っていこう。」
とサクラの頭を優しく撫で…
「疲れたであろう。夕食までゆっくり休むと良い。私は一仕事片付けてくる。夕食は共に食べよう、迎えに来るよ。」
と甘く囁きながら頭に置いた手を頬へと滑らせ、くすぐる様に撫でて、離れていった。
「アリエル、サナ、サクラを頼むよ」
離れがたい想いを必死に隠し、王の顔をしたイオリは侍女二人にそう言い、部屋を出ていった。