おこることしか、わらうことしか
いまではないいつか。
ここではないどこか。
あるむらにオコというなまえのしょうねんがいました。
なにもかもがきにいらない。
オコはおこる、というかんじょうしかしりませんでした。
オコはいつもイライラしていて、さわるものをすべてきずつける、まるでナイフのようなしょうねんでした。
そんなオコをもてあましていたしょうねんたちは「おもしろいことがある」と、むらのはずれまでオコをさそいました。
それにオコはおもしろくなさそうについていきます。
しょうねんたちのいう「おもしろいこと」とはなんでしょうか。
そこでオコがみたものはニコというしょうねんがいっぽうてきになぐられているこうけいでした。
オコとはぎゃくにニコはおこるというかんじょうをしらないしょうねんでした。
やられてもけしてやりかえさないニコはしょうねんたちにとっていいおもちゃでした。
おもてむきはなかよくしているようにみえるかれらにおとなたちはきづいていませんでした。
たにんにかんしんのないオコもかおくらいはしっているニコがかげでこんなあつかいをされていることをしりませんでした。
キズがめだたないようにしょうねんたちはニコのおなかしかなぐりません。
それでもニコはニコニコとえがおをたやすことはありませんでした。
「こいつ、いつもニヤニヤしてきもちわるいんだよ」
しょうねんのひとりがいいます。
「だれがこいつをなかせられるかきょうそうしてるんだよ。おまえ、いつもイライラしてるだろ。おまえもどうだ?」
そういったしょうねんをオコはなぐりとばしました。
「なんだよ、おまえ。やるのか?」
これがへんじだ、とばかりにオコはべつのしょうねんもなぐりとばしました。
「そんなヤツをなぐるより、おまえらをなぐったほうがよっぽどたのしいぜ!」
あおるようにオコはいいました。
「こいつ、せっかくなかまにいれてやろうとおもったのに!」
けんかごしのオコをしょうねんたちはとりかこみます。
ニコをかこんでいたしょうねんたちはおとなしいニコではなく、なぐりかかってくるオコにひょうてきをかえました。
ですが、よわいものをいっぽうてきになぐっているだけのかれらと、なんにんがあいてであろうといつもひとりでたちむかっていくオコではつよさもかくごもまるでちがいます。
オコのこうげきはすべてあたるのに、しょうねんたちのこうげきはかすりもしません。
そして。
オコはそうじかんをかけることなく、ぜんいんをじめんになぐりふせていました。
「きょうけんやろうが!」
くやしまぎれにしょうねんのひとりがさけびます。
「ああっ!?」
さらにたおれていたしょうねんをなぐるオコ。
「だいじょうぶ?」
そのしょうねんにニコがかけよりました。
そのニコもオコはなぐりとばします。
「ヘラヘラしてんじゃねえ」
それでもニコはわらったままです。
「ぼく、おこるっていうのがよくわからないんだ」
ニコはいいます。
「それにだれかがなぐられたりするのもいやなんだ」
「チッ! かわったヤローだぜ……!」
ふてくされたようにオコがそっぽをむきます。
「おまえ、なまえは?」
うまれてはじめてたにんがきになったオコはそうたずねました。
「ニコ。きみはオコ、でしょ?」
「おれのことしってるのか」
「ゆうめいじんだからね、きみは」
「ムカつくヤツだな、おまえは」
オコはつづけます。
「だから、おれがおまえのぶんまでおこってやる。おまえのぶんまで、おまえよりもっともっとムカつくヤツらをブンなぐってやる」
こんどはニコのほうにふりむきながらオコはいいました。
「それに……」
「それに?」
「おれにはわらう、ってのがよくわからねえからな」
つけたすようにオコはいいます。
「じゃあ、ぼくはきみのかわりに、きみのぶんまでわらうよ。よろしくね、オコ」
こうして、おこることしかしらないオコとわらうことしかしらないニコはともだちになりました。