〔1〕見えるもの感じるもの
二次試験まであと一週間。絶対に日和ちゃんと同じ学校に行ってやるんだから。という意気込みでひたすら問題集とかやってたけど、疲れた。気分転換にハルくんを誘って商店街に来た。
「もー、ハルくんさあ、推薦とかずるいよねー」
「何回も言うなよ」
「わたしも推薦がよかったあ」
担任の時田先生に推薦で行きたいとは言った。言ったけど、「曙の成績じゃ推薦は無理だなー」ときっぱり言われた。わたしもこーちゃんに教えを請えばよかった。
「あと一週間だろ? オマエ勉強しなくていいのかよ」
「だーから息抜きだって言ってるでしょ」
「息抜きねえ……。お、あれって晃一じゃね?」
ペットショップの前にこーちゃんが立っていた。きょろきょろと挙動不審な様子。ポケットから携帯電話を出して、電話をかける。日和、と言っているのが聞こえた。日和ちゃんと一体何のお話してるんだろう。
「俺の所にすぐ来るよう言っておいてくれ」
携帯をポケットにしまう。
「晃一ぃ」
「ああ、栄斗、美幸も一緒か」
「東雲ちゃんと何の話だー?」
ハルくんはにやにやしながら訊ねる。そういうの聞く時ゲスい顔するよね。
「何だよ、おまえが喜ぶような話じゃない」
「ガリ勉な晃一くーんが試験一週間前にこんな所で何してるんでーすか」
「ガリ勉じゃない。美幸こそ何やってるんだ」
「わたしは息抜きだもん。勉強疲れたの」
こーちゃんは呆れ顔になる。何よー。
「俺は暇じゃな……」
きょろきょろ辺りを見回していたこーちゃんが、ぎょっとした顔をして後退った。
「お、俺行くわ、じゃあな」
逃げるようにして走って行ってしまった。
「変なこーちゃん」
一体何にびっくりしてたんだろう。こーちゃんって時々こういうことあるよね。
「晃一さあ、変わってるとこあるよな」
「昔からよね」
そういえば、中学校の修学旅行の時かな。自由行動で偶然妖怪の言い伝えがある所に差しかかった時、こーちゃんが突然慌てだして、これ以上行きたくないって喚いて、大変だったんだよね。
「こーちゃんさ……」
ハルくんが首を傾げる。これはわたしのただの勘というか、突飛な考え。
「何か見えてるのかな……」
ちょっと驚いた顔をして、ハルくんはすぐに真面目な顔になる。
「オマエもそう思うか」
「ハルくんも?」
「薄々そう思ってはいたんだ。でも、俺の気のせい、考え過ぎなのかもって……。だって、だって、何が見えてるんだと思う? 幽霊か? 妖怪か? そんなもの本当にいるのかよ!?」
ハルくんは首を振る。
「晃一は幼馴染で、大事な親友なんだ。でも、たまにあいつのこと分からなくなる」
「んー……。ハルくんはさあ、神社の子なのに神様は信じてないのかな」
「それとこれとは違うだろ!?」
「お、怒ることないじゃん」
「怒ってねえよ!」
「な、なんなのよいきなり……」
「……悪い」
ハルくんは深い深い溜息をついた。
うーん、なんか空気悪くなっちゃったな。
「俺、隠し事されるの好きじゃないんだよ。何か、信頼されてないみたいに感じちゃうんだよな。だから、晃一がもし何か俺達に隠してることがあるんだとしたら言って欲しいんだよ。でも、今までずっと語ってこなかったってことは知られたくないのかもしれないし。だけど、気になるし。俺はどうすりゃいいんだ」
「こーちゃんが言いたくないこと無理に聞き出すのよくないわ」
ハルくんは再び深い深い溜息をつく。少し長めの髪を掻き上げて、さっきこーちゃんが見ていた方を向く。
「あいつの目には何が映っているんだろう……」
時々こーちゃんは遠くを見るようにぼんやりした目をする。何かわたし達には見えないものを見ているのかもしれない。ハルくんも時々、妙に目をキラキラさせる。本人は気付いてないみたいだけど、わたしには見えてる。神社にいる時とか、こーちゃんがびっくりしてる時とか。ハルくんに見えてないだけで、知らないうちに感じ取ってるのかなって思っちゃう。やっぱりハルくんは神社の子なんだなって、そういう時に思うの。
喫茶店で軽いお昼ご飯を食べて、わたし達は別れた。ハルくんが本屋に行くって言うから、先に帰ってきちゃった。わたしはお勉強するんだもん。
「大事な時にいないのやめてくれよ。喰われるかと思ったんだからな」
マンションへ向かって歩いていると、除雪車による雪山の陰から声が聞こえてきた。聞き間違えるはずのないこーちゃんの声だ。
「呼べば答えてくれるんじゃなかったのかよ……。ああ、そんな顔するなよ」
誰と話してるんだろう。こそこそしているとは怪しい。もしや女か。秘密の彼女なのか。そうなのか。きっと今のわたしハルくんみたいなゲスい顔してる。
雪山の陰をそっと覗き込んでみる。
「何かあったのかと思って日和にまで聞いたんだからな。神楽のやつも探し回ってくれたし。……無事ならいいんだ」
こーちゃん……何で何もない所見て喋ってるの?
「どうしたんだその足……」
相手がいるの?
ぱきっ、と音がした。足下を見ると雪の上に落ちた小枝を踏みつけていた。
「美幸」
振り向いたこーちゃんは目を見開いてびっくりしていた。さあっと音がするくらいの勢いで青褪める。やばい、と小さく口が動いた気がする。
「こーちゃん……」
「え、あ、あ、えと……。栄斗とは別れたのか」
「うん、帰るとこ」
「そ、そうか……」
こーちゃんはじわりじわりと後退りして、青くなっていたのに今度は一気に真っ赤になった。くるっと方向転換して、逃げてしまう。
「こーちゃんっ」
……ああ、見てはいけないものを見てしまった気がする。
多分今のが、わたし達の引っ掛かる所で、こーちゃんが知られたくないこと。