〈一〉 手負いの者
昨日、一昨日とセンター試験が行われ、俺の仲間達はみんな戦へ出かけて行った。うちの神社にもいっぱい来てたけど、ご利益はあったんだろうか。あるといいなあ。
今日は自己採点の日らしいけど、俺には関係ないことだ。なぜなら! 俺はこの暮影神社の跡取りだからである! 神道文化学部には跡取り用の別枠推薦がある! やったぜ! 俺ラッキー! 晃一が教えてくれた甲斐もあって、俺の成績は少し上昇した。そのおかげでもある。持つべきものは最高の親友だよな。晃一には感謝してもしきれないぜ。
そんなわけでセンター試験を受けていない俺。推薦合格をゲットしているので、もう受験生じゃない。卒業式を待つ暇人だ。あああ暇だよお。
推薦合格が決まった。そんな十月頃から俺は周囲の人間達に「ずるい」「小暮のくせに」などと散々言われ続けている。何を言う。これは俺の実力なんだ。晃一の指導のおかげなんだからな。
暇を持て余しているなら家の手伝いをしろと言われ、俺は今境内の雪かきをさせられている。これも神職への道だと思って頑張ろう。
腕時計を確認すると午後三時。みんな自己採点を終えてもう家かな。
雪かきスコップを手に境内を歩いていると、鳥居の所に人が立っていた。参拝客かな、と思ったけど、中に入ってこない。鳥居の横に佇んで、境内を見ている。おかしいな、と思ったのは突っ立っている状況だけじゃなくて、その人の外見もちょっと奇妙だった。
黒いロングコートで、その男(多分)は烏天狗のお面をしていた。怪しいやつだな。
「あの、すいませーん。うちの神社に何か御用ですか」
「こちらの神社、傷の平癒に利益があるとか……」
「あー、うちの神様の中にそんな神いた気もしますけど。怪我でもしてるんで?」
黒ずくめのイケボな男は左手で右手を押さえていた。ハンカチを当てているようだけど、血が滲んでいた。
「わわっ、マジで!? 流血してるじゃないですか。それならお参りより手当てですよ!」
俺はお面の男の腕を掴み、社務所へ向かった。
「何があったのかは聞きませんけど、早く手当てしないと」
奥の棚から救急箱を出して、男の手に応急処置を施す。
「これでいいのかな……」
「ありがとうございます。大丈夫ですよ」
包み込むような耳に心地いい美声だ。
「このように心優しい者が奉仕しているのです。こちらの祭神は幸せですね」
「面白いこと言いますね。神様にも幸せとかってあるのかなあ」
男はお面の奥でくつくつ笑った。
「ありますよ。きっとね」
社務所を出て、賽銭箱の前で男は立ち止まる。賽銭は入れず、二礼二拍一礼もせず、ただ深々と頭を下げた。その所作が何だかすごくすごくて。すごい。めちゃめちゃきれい。ダメだ、俺には晃一みたいな語彙力がない。どう表現すればいいんだろう。そう、何ていうか、滑らか? ちょっと違うかな。
「栄斗君、雪かき進んだ?」
「頑張ってねー」
巫女さんが二人、社務所の表、御守りとか絵馬とかを並べているところから声をかけてきた。えーと、あれだ。授与所。
「頑張ってますって」
がんばー。と手を振られたので振り返す。
「御守り買って行きません? あれ……」
賽銭箱の前に男の姿がない。この十数秒の間にいなくなったんだろうか。鳥居の方に人影は見えない。帰ったというより、まるで消えてしまったようだった。
不思議な人だったな……。
賽銭箱の前にカラスの羽が落ちていた。さっきまでなかったのに。羽音も鳴き声もしなかった。
「まさかさっきの人……。あはは、まさかな」
人が鳥になって見えなくなっちゃうなんて、昔、晃一が言ってたみたいじゃないか。昔から晃一は時々変なこと言ってたよな。道路の脇に大きなじいさんの頭があって転がってくるとか、木陰に白装束の女の人が立ってるとか。最近はそういうことないけど、あの頃はちょっと怖かったな。晃一が言ってることも、晃一のことも……。
晃一はいいやつだし親友だけど、何か隠してるような気がするんだよなあ……。
「んん? 何だこれ?」
羽のそばに何かが光っている。
「カフスボタン……?」
五角形の枠の中に八咫烏が彫り込まれている。あの人の落とし物かな。




