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『參』囀りの森

 晃一さん達の卒業旅行が終わりました。栄斗さんと美幸さんはお付き合いを始めたそうですが、見た所今までと変わりはなさそうです。


 一昨日、栄斗さんが東京へ旅立ちました。折角付き合い始めたお二人ですが、すぐに遠距離恋愛になりました。立派な神職になって帰って来る。そう仰っていました。


 晃一さんも明日札幌へ旅立ちます。


 私は今、岐路に立っていました。


 この町から離れたくなかったからです。晃一さんは残りたければ残っていいと仰っていますが、おそらく星影と札幌の間を瞬間移動できるのだと思っているのでしょう。無理です。遠すぎます。汞煉燈狐様なら可能でしょうが、私には距離が長すぎます。


 カラスの姿で年を取らないということに気付かれる前に、私は別の町へと移っていました。星影にいられるのもあと数年だったのです。晃一さんの傍に就くようになって、私は彼がいるのならもう少しこの町にいてもいいと言いました。同時にこう言いました。


 ――貴方が死ぬまで傍にいます。


 決めました。私は決めましたよ。


「時雨さん、ユキさん」


 久し振りに開けられた日和さんの部屋の窓。枠に留まっていた時雨さんと部屋にいたユキさんが談笑を中断して私を振り向きました。


「白露さんも、よろしいですか」


 餌台で小鳥の餌を突いていた白露さんが窓枠へ飛んで来ます。


「どうしたんだ夕さん、改まって」

「オハヨ! 今日もかっこいいわよ、夕さん」

「大事なお話ですかぁ?」


 私は窓枠から離れます。


「私、星影を離れることにしました」

「は?」

「嘘!」

「え!」


 驚くのも当然ですね。


「晃一さんと一緒に札幌へ行くことにしたのです」


 時雨さんが怪訝そうな目で私を見ます。インコとアカゲラと比べるとクマゲラはカラス級の大きさなので、やはり迫力がありますね。


「晃一って、日和の友達の人間だろ。夕さんあいつと仲いいみたいだけど、詳しく説明してもらおうか」


 ユキさんは目を潤ませ、白露さんは見るからにしょんぼりしています。ああ、言うべきではなかったのでしょうか、皆さんにこのような顔をさせてしまいました。


「夕さん、何か理由があるんだろ。教えてくれなきゃ、俺達もどうすればいいのか分からない」

「……何かアタシ達に隠してるの?」


 私は、決めた、決めたのです。晃一さんも皆さんに打ち明けたではありませんか。ですから、私も、そうしようと思っているのです。


「あのさ夕さん、俺からちょっと聞きたいことあるんだけどいいか」

「何でしょう」

「夕さんはさ、もしかして普通の鳥じゃあないのか」

「え」

「襲って来た白いキツネ達、あれは普通のキツネじゃなかった。じいさんには見えていないみたいだったからな。白露が言うには、あの後夕さんがキツネを惹きつけて遠ざけたらしいな。何で夕さんはあの普通じゃないキツネ達を惹きつけたんだろうって、俺ずっと疑問に思っててさ。もしかしたら夕さんもあのキツネと同じなんじゃないかって」


 ユキさんと白露さんが驚いて時雨さんを見ています。


「あいつらが言ってたハルアケって、夕さんの別の名前なんじゃないのか」


 参りましたね。時雨さんは本当に頭の切れる方です。キツツキではなくカラスなのではないでしょうかと疑ってしまうほどです。


 私は夕立から紫苑へと姿を変えました。漆黒の翼を持つ男神の姿。言い当てた時雨さんですら瞬きを繰り返しながら私の姿を見つめています。


「私は雨を司る日陰の八咫烏。雨影夕咫々祠音晴鴉希命」


 ぽかんと嘴をだらしなく開けて、三人は私を見ていました。


「夕立さんは、神様なんですか」

「ええ、そうです」

「だからあんなにも魅力的なのね」

「夕さんは……八咫烏……」


 驚かれるのは承知の上です。


「晃一さんは妖や神が見える方なのです。私はお目付け役として彼の警護を高位の大神方から命じられているのです。なので、晃一さんの札幌行きに伴い、私も星影を離れます」

「俺は引き止めるようなことはしない」

「……いきなり言ったのに、怒らないのですか」

「怒る気にもならない。でも、夕さんが決めたんなら俺達は見送ることしかできないから。ユキはこのカゴから離れられないし、俺と白露はこのブナ林で生きて行くんだって、決めたから。ユキの相手もしてやらないといけないしな」


 時雨さんは格好いいことを仰いますね。


「夕さんが言ったんだからな。あの時、迷ってた俺に。己の生き場所は己で作るものだ、って。夕さんが晃一の傍にいるって決めたんだったら、そうすればいいよ」


 ああ、やはりこの町はよい町です。私は人の子だけではなくて、鳥にも心酔していたのですね。こんなにも大切な方達と別れるのはとても辛いです。今まで経験して来たどんな別れよりも、です。


「陽一郎さんには言わないで下さい。言った所で通じませんが」

「分かった。後は任せてくれ、夕さん」

「夕さん! 好き!」

「いつかまた遊びに来てくださいね、夕立さん」

「ありがとう……本当に……皆さんに出会えてよかった……」


 紫苑の姿から夕立の姿へ変わります。


「お元気で」


 羽撃き、飛び上がります。雨夜家の玄関に差しかかったところで、陽一郎さんが出て来ました。私は陽一郎さんの前に着地します。


「夕ちゃん」

「かあー」


 陽一郎さんは屈んで、私の頭を撫でました。


「行くのかい、どこかへ」


 あたたかい手でした。


「元気でね」


 手が頭から離れます。陽一郎さんは立ち上がると、丸眼鏡の奥で目を細めて笑いました。私は飛び立ち、陽一郎さんの頭上を旋回します。


「かあ、かあ」


 陽一郎さんは空を見上げ、小さく手を振ります。私はなんだか涙が零れそうになって、それ以上地上を見ることができませんでした。


「さようなら、陽一郎さん。お世話になりました」


 スピードを上げて、一気に上昇します。陽一郎さんはまだ手を振っているのでしょうか。まだ私の名前を、夕立の名を、呼んで下さっているのでしょうか。


 お世話に……お世話になりました……。ただ一人の人間のために祈ることはいけないのだけれど、どうか、どうかお元気で。長生きして下さい、陽一郎さん。私の、大切な友よ。











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