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【Ⅲ】巡る想い

 美幸が小暮君と話があると言うので、お邪魔虫なあたしは夜風に当たろうとホテルの外に出た。ご飯も美味しかったし、お風呂も大きくて気持ちよかった。初日がうまくいったんだから、この旅行、本当にいい思い出になるな。


 夜の闇の中でカラスの鳴き声が聞こえてきたからそちらを見ると、朝日君が空を見上げて立っていた。


「朝日君」

「ああ、日和」


 朝日君が振り向く。


「夜風に当たろうと思ったんだけど、温泉街でもやっぱり寒いね」

「当たり前だろ」


 鬼の金棒の並ぶ広場の前で、朝日君は柵にもたれかかる。


「そこの広場ね、間欠泉があるんだって」

「ふうん」


 明日の昼になったら見物できるかな。地獄谷の方も見に行く予定だけれど。


 頭上で羽音と鳴き声がした。


「ああ、分かった」


 朝日君は柵から離れ、ホテルの方へ歩き出す。


「今誰に返事したの?」

「神様」

「一緒に来てるんだ?」

「用心棒でもあるからな」


 どこにいるんだろう。目を凝らして朝日君の周りを見るけど、あたしには何も見えない。


「日和になら言ってもいいって」

「え?」

「いつもお姉様にはお世話になっていますってさ」

「ええ?」


 あたしは一人っ子で、あたしのことをオネエチャンと呼ぶのはインコの淡雪だけ。あたしが、お姉様?


 よく分からないなあ、と思いながら軽く視線を動かすと、朝日君の横にお面をした人が立っていた。


「わっ」

「また汞煉燈狐様に怒られてしまいますね。ふふ。はい、お姉様、こんばんは」

「こ、こんばんは?」


 耳に心地いい穏やかな低音だった。優雅と表現していいと思われる動きで自分のことを指し示してその人は名乗った。


「夕立です」

「ゆうだ……ええっ!」


 ちょ、ちょっと、どういうこと。夕立って、あのカラス? え? え? ちょっと分からない。


 いや、でも、妙に朝日君に懐いているとは思ってた。それに妙に落ち着てるし、ゴミ袋にがっつかないし、異様に綺麗だし、不思議なカラスだなーとは思ってたけど、神様なの? え? ご近所の鳥が神様の仮の姿でしたなんて、友達には妖怪が見えるんです以上の驚きだよ。


「信じるも信じないもおまえの自由だ。でも、陽一郎さんには言わないで欲しいらしいから言うなよ」

「え、あ、うん」


 夕立はお面を少しだけずらす。眉目秀麗と言っていい端正な顔が少し見えた。すごいイケメンだ。カラスのくせにイケメンでイケボだなんて。いや、でも神様なんだよね。普通のカラスではないんだね。


「ユキさん達には私が直接言いますので、お姉様からは言わないでおいてください」

「あ、はい」

「皆さんのこと、よろしくお願いしますね」


 お面が顔から完全に外れる。その一瞬で夕立の姿は見えなくなった。


 あ、駄目だ、夕方朝日君が言ってたことは意外とすんなり受け入れられたんだけど、これはちょっと混乱してる気がする。


「日和、ホテル戻るぞ」

「うん」


 まだ頭がぐるぐるしてるなあ。そうか、夕立は神様だったのか。そうだったのか……。


 ホテルに戻ると、ロビーの椅子に小暮君が座って俯いていた。


「どうしたんだ」

「美幸に告られた……」


 ちゃんと言えたんだ、よかったね美幸。朝日君はぎょっとして小暮君を見ている。


「誰が美幸に?」

「俺が」

「栄斗に誰が?」

「美幸が」

「何したって?」

「告られたんだって……」


 数秒考え込んでから、朝日君は真顔になる。


「おまえ美幸に告白されたのか」

「だからさっきから言ってるだろ!」

「それで小暮君、何て返事したの?」

「……逃げてきた」

「え?」

「は?」


 小暮君は頭を抱える。


「美幸はかわいいよ。昔からそう。でも、あいつはあくまで幼馴染なんだよ。恋愛対象かって聞かれると、そうじゃないような……。好きとか嫌いとかじゃ言い表せねえんだよ、俺達の腐れ縁は。俺は、この四人でずっと仲良くしたい。誰かと誰かが恋愛したら、この四人の関係壊れちまうんじゃないかって……」

「おまえはどうなんだよ」

「え?」


 椅子に座る小暮君をこれでもかというくらい高圧的に見下ろしながら、朝日君は言う。


「おまえはどう思っている訳、美幸のこと」

「嫌いじゃないけど」

「おまえら二人がもし付き合ったとしても、この関係は変わらない。そんなことで崩れるようなものなのか、俺達の関係って。違うだろ」

「晃一……」

「栄斗、おまえはどうしたいんだ」

「俺は……」


 小暮君は膝の上で拳を握る。


「たぶん好きなんだと思う、ずっと」


 そして立ち上がり、エレベーターホールの方へ駆けて行った。


「朝日君かっこいいこと言うね」

「二人のことは本当に小さい時から見てるからさ、よく分かるんだよ」

「いいなあ幼馴染」

「腐れ縁だよ」


 あたし達は笑い合った。何かが面白かったわけじゃないんだけど、気が付いたらお互い笑ってた。あと二日、もっともっと楽しくなりそう。こんなに素敵な友達に出会えて本当によかった。


「朝日君」

「何?」

「あの……ううん、何でもないや」


 あたしは美幸とは違う。長い付き合いというわけではないから、この想いは勘違いかもしれない。だからまだ伝えるべきものではないはずだ。自分の考えていること、思っていること、ちゃんと確定させたい。


 こうして一緒にいられるだけで今は十分。


 どんな答えが出ても言うつもりだ。朝日君、その時には何て言ってくれるのかな。


「行こうか」


 朝日君がエレベーターホールに向かって歩き出す。その後ろ姿を少し眺めてから、あたしは駆け足で後を追った。










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