「壱」 初日の朝
持ち物を確認して、部屋を出る。今日は朝日晃一、一世一代の勝負が始まる日である。失敗は許されない。周囲の期待はプレッシャーとなり俺を押しつぶさんばかりだが、こんなところで負けていては元も子もない。期待は期待として受け止めよう。
「晃一さん、受験票は持ちましたか?」
玄関を出ると、異様なほど美しいカラスが待っていた。
「ちゃんと持ってる」
「ご武運を」
「ああ」
できることは全てやってきた。今日はその成果を試す時。どうにでもなれ、当たって砕けろだ。砕けちゃ駄目か。
今日を乗り切っても明日がある。明日を乗り切ってもその先がもう一度だけある。俺はそのもう一度に照準を合わせているのだから、ここは通過点に過ぎない。好成績を収めて、次に備える。
大学へ向かうバスの中には緊張感が漂い、空気がぴりぴりとしていた。時々誰かが俺を見て、「星影の朝日じゃない?」と言うのが聞こえた。「きっと余裕なんだろうね」と言う声も聞こえる。校外模試の時にちらりと見かけたやつらだろうか。模試の時にクラスメイトが中学時代の友人だとか、そういうことを言っていた気がする。おまえ達の予想は外れだ。誰がこんな大事な時に余裕ぶっこくというのだ。確かに今までの模試ではかなりいい結果を叩きだしている俺であるが、だからといって本番もうまくいくとは限らない。
こんな時には神頼み、といきたいところだが、神社に行った受験生がみんな合格するわけがない。神は平等であり時に無慈悲である。神力を用いて晃一さんを合格させるなんてことしませんからね。と紫苑は言っていた。そもそもあいつは学業成就の神ではないのだから祈ったところでどうにもならない気もするが、逆にあの言葉はきっと、俺を応援しているという意思の表れなのだと思う。
これは本当にただの御守りで、力なんてありませんからね。そう言って渡された小さな八咫烏の根付と、暮影神社で買った合格守りを握りしめる。大丈夫、俺ならできる。自分を信じろ。
さあ、真っ直ぐ進め。思い描いた道を、迷わずに。