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短編

美人だな

作者: 佐々木尽左

 固くひんやりとした感触がする。おまけに埃っぽい。

 ぼんやりと意識がよみがえり始めたときの第一印象は、そんな感覚的なものだった。

 次に疑問が浮かぶ。どうしてこんな感触がするんだろう?

 気になることがあれば原因を確かめたくなるものだが、思考を回転させ始めると意識が急速に覚醒してくる。

 寝る前は確かとある山村で泊めてもらった農家で晩ご飯をもらって、それから、それから、どうしたっけ?

「あれ?」

 記憶はそこで途切れていた。

 でも頭を使ったおかげか完全に目が覚めた。

 次に目を開けてみたが何も見えない。

 見えないなりに状態を確認してみる。俺はどうやら板間の床に寝かされているようだ。呼吸をしていると今も埃っぽいことから、かなり使われていない場所と推測できる。

 とりあえず今の自分が把握できることは確認してみたが、状況についてはさっぱりわからなかった。


 しばらくしても全く何もみえないということは、この周囲に光源は全くないということか。まいったな、これじゃ動きようがない。

 これからどうしようか困っていると、突然背後から、ずるっ、と何かが這いずる音が聞こえた。

「え、なに?」

 急に怖くなった俺は体ごと振り向いてみたが、当然何も見えない。しかし、何かがこちらへと這って近づいていることはわかった。

 やばいと思ったので逃げようとしたものの、何も見えない状態では動きようがない。とりあえず音のする方向とは反対に手探りで移動することにした。

 相変わらず、ずるっ、という音をさせつつ何かがこちらへと向かってきている。その音の間隔が徐々に短くなってきたので思わず振り返ってみると、なぜか白い服をきた髪の長い女が這っているのが見えた。

 自分の手すら見えない暗闇で、どうしてあの姿が見えるのか不思議に思った。

 けどそんなことよりも、長い髪のせいで女の顔は見えなかったのに、じっとこちらを見つめているように思えたのが気味悪かった。


 この状況であんな怪しい女に関わるのは絶対にまずいと思った俺は、とにかく逃げるために四つん這いになって女から遠ざかろうとする。けど、明らかにあちらの方が速い。

 余裕のなくなってきた俺は、慎重になるのをやめてとにかく手足を動かして距離を稼ごうとする。しかし、すぐに壁のようなものに額をぶつけて悶絶してしまった。

「いてぇ!」

 視界は真っ暗だというのに火花が散るのだけは一瞬見えた。

 そのとき、真後ろから、ずるっ、という音が聞こえた。やばい、もう追いつかれた!

 恐怖に駆られつつも後ろを振り向くと、白い服を着た女がすぐそこにいるのが見えた。そして同時に足首を掴まれる。

 予想以上に強く掴まれて驚いた俺は、本能的に振り払おうと足を動かす。けど、手は全く離れることはなく、女は仰向けになった俺に乗りかかってきた。

 そして俺の両肩をしっかりと掴みながら顔を近づけてくる。最初は長い髪のせいで顔が全く見えなかったが、さすがに間近となると見えてきた。

「美人だな」

 全くの無表情ではあったし病的に白かったが、顔立ちはかなり整っていた。明らかに場違いな感想ではあったものの、俺は思わずそう漏らしてしまった。

 すると、意外だったのは向こうも同じだったらしい。無表情だった顔がわずかに驚いたように思えた。そして口の両端を思い切り上げながら、こちらへと顔を近づけてきた。

 その時点で俺の意識はぷっつりと途絶えた。


 次に目が覚めたのは、道路の真ん中だった。早朝に畑へ向かう軽トラックのクラクションで目が覚めたのだ。

 軽トラックから降りてきたおっちゃんに昨日のことを話してみたところ、俺が泊めてもらった農家は十年前から空き家だと言われてしまい、愕然とした。実際に連れて行ってもらうと、確かにそこはもうだいぶ使われていない様子だった。

 その後逃げるようにその山村から離れて、現在は日常に戻っている。あれから一ヵ月が過ぎたけれど生活は前とほとんど変わりはない。

 けど一点だけ、変化があった。

 髭を剃るときなんかに鏡を使うのだが、そのときたまに、あの白い服の女が物陰からこちらを見ているのだ。口の両端をつり上げながら。

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