第1話
かなり前に書いた作品なのでかなり書き直しています。
澄み渡る青い空。
自然にあふれ緑豊かな世界。
魔力あふれる世界。
世界に溢れる女神〝デアテラ”の加護。
その加護により発展した世界。
その世界においても理不尽は存在し、時に人々を苦しめていた。
とある街の広場でそれは起こった。
時間は昼下がり、多くの人々が様々な目的で街に繰り出している中、人々はとある一点を眺めていた。その視線の先には7人の茶色の外套を纏った集団が広場の中心に向け足早に歩いているのが見える。
茶色の外套を纏った集団と言う事ならこの街、いやこの世界ではなんら不思議ではなかった。だが人々の注目を集める原因はそこではない、それは集団の先頭に立つ1人が外套の上からでもわかるほど歪な形をしていたからだ、外套が張り詰める程大きな肩幅、どの種族でも考えられないほど大きな頭に外套の中が仄かに灯っていた。
それを見た人々の行動は様々だった。察しが良い者は足早にその場から去り、好奇心旺盛なものはあれは何かと眺め続ける。無関心なものはそもそも見てすらいなかった。
そして、集団が広場の中心に辿り着いた時、7つの外套が空を舞った。
瞬間、町中に声が響く。
「この場所は我々が占拠した、これより貴様らは人質だ!」
異形の存在、ふさわしい言葉があるならばこの言葉こそ相応しいだろう。
背丈は外套を纏っていた時よりも巨大化し、常人はおろか鬼族よりも大きく、3mほどはある。頭は楕円形に肥大化し横幅は肩幅を少し超えていた。その頭の中心には僅かに飛び出した頭の3分の1を占めるであろう大きな単眼人々を注視していた。腕や脚は身体の大きさに比例するかのように太く長い、左腕に至っては肘から先が鞭の様にしなり地面をなぞっている。
突然の事に多くの人が目を剥き動きを止める。最初に動いたのは誰であろうか、小さな足音が聞こえそれを皮切りに人々が我先にと広場から逃げ出そうと駆け出す。
だが、逃げ出すのが遅すぎた。
「我々の要求を通すためだ悪く思うなよ、捕まえろ」
その異形の後ろで佇んでいた頭にゴーグルの様な物を装着し緑色のボンテージ服を着た6人が、逃げ出そうとする人々を捕まえようと人では考えられない速度で駆けていく。
魔法で身体強化をしても、風魔法で空を飛んでも、あるものはあえて迎え撃とうとするが簡単にねじ伏せられる。
先ほどまでの光景とは打って変わり広場は惨劇の中心となった。その劇を奏でるは人々の上げる多種多様の悲鳴、舞台は朱色へと染め上げられる。観客はまだいない。
広場の片隅に存在する飲食店の前に捕まった者たちは集められた。彼らは逃げたものを恨み、想い、逃げられず捕まらなかった者の成れの果てを眺め恐怖する。要求が通らなければ自分たちはどうなるのか、そう思い身体を震わせていた。
その時だった。
「そこまでだ」
空から声が響いた。異形が声のした方角にある建物に顔を向けると声の主でバイザーで顔を覆った全身赤タイツの人物が立っていた。
「なんだ・・・あいつ・・・」
誰もが訝しんだ、誰もが眉を顰めた。
だがそこにいるのは本物である。
誰もが考えた自分である。
想像とは違うがこれは夢ではない。
彼の名は
しかし、終わりとは常に突然である。
暗転する光景、ぼんやりとした意識の中瞼を僅かに開けると太陽の光が差し込んでくる。ぼんやりと微睡みながら鬱陶しい程の眩しさに身体を横に向けた。
僅かに湿った腐葉土のベッドがグシャリと音を立てる。空高く聞こえる鳥のさえずりや獣の遠吠えは安眠の邪魔をする雑音でしかない、煩わしく思いながら差伸びをし大きく口をあけ湿った青臭い空気を吸っていく。
「う・・・ん・・・なんだこれ?」
ぼんやりとした頭で身体を起こすと、そこは森の中に見えた。まだ自分は夢を見てるのか、もしくは頭がおかしくなったのかと思っていると手のひらに冷たい感触がする。漏らしたのかと思い慌てて地面に目をやるとそこにあったのは茶色い地面と腐り湿った落ち葉、それとほんの少しの虫である。
それに気が付くと慌てて地面から手を離し飛び上がる様に起きた。
「え、なにこれ森、何かのドッキリか」
周りに広がる景色に困惑する。確か自分は家の簡素な造りの子供用ベッドで肩身を狭くしながら寝ていたはず、なのに何故突然森の中にいるのか、テレビ番組のドッキリで森の中に置いて行かれたのか、それとも同居する彼女に森に捨てられたのか、はたまた悪ふざけが大好きな友人たちに一杯食わされたのか、などと言う考えが頭を過るが鼻をつく青臭く湿った臭いと時折聞こえる獣らしき生物の遠吠えで焦り頭が回らない。
「なんだよこれ、なんなんだよ!」
あまりの出来事に頭を抱える。
「いや、まてそうだ落ち着け落ち着け」
そう呟くと、大きく息を吸って吐いてを繰り返し、目を瞑り俯く。
「大丈夫だ、大丈夫、俺がすべきなのはこの状況がなんなのか調べることだ良いな・・・よし!」
そして、顔を上げた。
「ひゅっ・・・」
その時だった、茂みが揺れる音がして声にならない息が口から漏れる。同時に小さな犬種らしき生物が茂みから現れた。
小さな来訪者ではあったが困惑していた頭がさらに真っ白になるのを感じた。
「な・・・なんだよ・・・驚かせやがって・・・」
安堵し胸を手で押さえ大きく息を吸う。
「ん・・・まだ何かいるのか」
子犬の様な生き物が出てきた茂みがまたガサガサと揺れ、何かいるのかと安堵により呆けた状態になりながら、地面に置いていた荷物を何の疑問もなく拾い上げた。
「中身は無事だろうな・・・」
小さく息を吐き、灰色の外套やズボンに着いた土を叩き落としていく。そこで先ほどの子犬はどうしたろうかと思い出し、視線を先ほどの子犬の方へ向けると、そこには親と思わしき黄緑色がこちらを静かに睨んでいる光景が目に映った。
「あ・・・まずい・・・」
思わず息を呑む。
「この魔物って確か集団で狩りをする小型の・・・そうだフェログだ・・・」
フェログは集団で生活を行う食肉目マードク科の魔物として分類されている。非常に獰猛であり主に森の中で生活しているのだが、そこまで頭に浮かんだところでトウヤは疑問に駆られた。
「俺なんでこんな事知ってるんだ・・・いや、今はそんな事考えてる場合じゃ・・・」
フェログを前にして思わず考え込んでしまいそうになるが、その疑問を無理やり頭の隅へ追いやった。今は目の前にいるフェログからどう逃げるかが重要だからだ。
だが必死に打開策を考え様にも目の前にいる存在の所為か焦りと恐怖から考えが纏まらない。そうしているうちに次々とトウヤを囲む様に茂みの中から他のフェログ達が姿を現してくる。
「くそ・・・畜生・・・」
訳もわからないまま森の中で目が覚めて、訳の分からないままフェログとか言う訳のわからない黄緑色の狼に食い殺されるのかと思うと言葉にできない程の感情の波が押し寄せてくる。悲しさか悔しさか、怒りかわからない。
後退りしながらフェログ達から離れようとするが、彼が後ろに下がるのと同時にフェログ達も囲む範囲を狭めながら近づいてくる。不意に後ろに下げた足に何かが当たり、僅かに顔を逸らし目を向け確認すると、人の身体の倍はあろうかという太さの巨木が彼の後ろに悠然と立っていた。
そこからは早かった。まずいと思うよりも先にフェログのうち1頭が彼の目掛け走り出した。それに気が付きすぐさま顔をフェログ達へ向けたが既に走り出してきたフェログは飛び上がり彼の喉元へ食らいつかんとしていた。
終わった。彼の脳裏にそんな言葉が過り何かしらの映像が走る。
死んだ父と母との思い出。
気だるげにしている兄弟達。
家族との思い出、もしやこれは走馬燈と言うやつではないか、そう思い始めた瞬間だった。耳を劈く様な炸裂音が聞こえ現実に戻され目の前の光景に注視させられる。
今にも喉元を食い破らんとしていたフェログが真横に、赤い血を吹き出しながら飛んでいく様を
「はっ・・・は?」
吹き飛んで行くフェログ、それを顔を動かし追いかける。地面と衝突し黄緑色のフェログの身体が赤と土色になっていく光景に僅かに口を開け呆けた様な様子で眺めてしまう。
「何やってるの、離れて!」
そうして呆けていると少女と思しき声が響き、同時に先ほど同じ炸裂音が聞こえるとフェログのうち1頭がまた鮮やかな赤色を吹き出しながら吹き飛んでいく。それを機に残ったフェログ達は一目散に駆け出し茂みの奥へと消えていった。
「なんなんだよ・・・今の」
「なんなのじゃないよ、危ないじゃない、迷いの森に非武装で入るなんて!」
ボソリと呟くと非難するような声が聞こえてくる。声のした方へ顔を向けるとそこには銃、より細かく言うとライフルらしき武器を携えた茶髪の活発そうな少女がこちらへ歩いてきているのが見えた。
「あ・・・あぁ悪い、この辺は初めてなんだ・・・です」
「初めてって・・・この森に入る時、管理組合の人に注意受けなかったの?」
「あー管理組合の人・・・そんな人いるのか・・・?」
「・・・その様子じゃ誰もいなかったんだね」
彼が返答に困っていると少女は小さくため息を吐きながら呆れた様に呟く。
「ところでお兄さん、この森に何の用なの、今はシーズンオフだからあんまり面白みも旨味も無いと思うんだけど」
「いやそれがさ、適当にぶらぶら歩いてたら迷っちゃって・・・」
「ここそんな散歩感覚で来るような場所じゃないんだけど」
そう言われて思わず口を噤んでしまう。
「まぁ違法採取者なら最もらしい理由を考えてくるだろうし、それに・・・」
少女は視線を彼の頭上へ向けると僅かに笑い、彼へを視線を戻す。
「あなた、なんだか悪い人じゃ無いみたいだしね、とりあえず町まで案内するね、着いてきて」
「・・・何か見えたのか?」
気になった彼は頭上を見上げ何が見えたのか確認しようとしたが何も見えず、頭を触ってみたが特におかしいものも無かった。
「あんまり気にしないで、それより自己紹介しない、私はサラ、サラ・フィリスって言うの」
「俺の名前は・・・あ、あさ・・・マトウヤ」
「アサ・マトウヤ?」
「違う違う、アサマ・トウヤだよ、浅間灯夜」
「アサマ・トウヤ、名前からして東洋人かな?」
「そうそう東洋人だよ東洋人」
聞き慣れた東洋人と言う言葉に反応し頭を縦に振りながら肯定する。サラはそれを見ると良かったと小さく呟く。
「中央世界の人だとどうしようかと思ったけど、東洋の人なら問題ないかな、それじゃ町まで案内するからついて来て」
そう言ってサラが歩き出すがトウヤは動かずその場に立ち尽くす。なるべく顔には出さない様にしていたが果たして大丈夫だっただろうか、中央世界という聞き覚えの無い言葉やこの森の事、なぜか知っていた魔物に対する知識など訳の分からない事だらけだった。
「・・・俺」
顔が強張り全身を脱力感に襲われ、足と顔から血の気が引くような感覚がする。
「あさまとうや、だよな・・・」
顔を下に向け、自分自身の存在を再確認する様に絞り出した声は僅かに震えていた。生唾を呑む音がやけに鮮明に聞こえ不快感を増大させる。
「アサマ、何やってるの早く!」
「ごめん、今行くよ」
先に行ったサラがトウヤの方へと振り返り声を掛けると、下を向いていたトウヤは顔をサラへと向け表情を和らげながら言い、小走りにサラの元へと小走りで駆けだした。その表情に先ほどまで顔を強張らせながら不安を吐露していたとは思えない程スッキリとした面持ちをしていた。