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第3話:手がかり

明けましておめでとう御座います。本年も変わらぬお付き合いをお願い申し上げます(定型文)。

 ヴェオウルフの死骸を一瞥し、すぐに目をそらした。

 今やるべきことは妖精の保護だ。


 妖精は人間に比べるとかなり小さい。それこそ、大の男が握りつぶせそうなほどの大きさしかない。薄い羽をもち、自在に飛び回ることでも有名だ。

 自然を愛し、魔法から愛される存在と言われるが、それでも魔物と十二分に渡り合えるような妖精は数が少ないのが一般的な見解だ。


 そんな妖精がなぜ森をたった1人で、という疑問は当然だった。


 「おい、大丈夫か?」


 その場で滞空し続けている妖精に、彼は声をかけた。


 「え……? あ、うん」


 素っ気ない返事だが、その妖精の目はヴェオウルフの亡骸へ向いている。

 エメラルド色の瞳が、すっと細められる。


 それを見ただけで、彼は妖精が何を考えていたのか見抜いた。


 「あれは外敵だ。動物とは違う」


 魔物は動物とは全く別物だ。習性などは動物と似ているが、人間を積極的に襲うあたりはまるで正反対だ。


 「わかってる……」


 未練を振り切るかのように目をそらした妖精は、彼を見た。


 「助けてくれて、ありがと」


 「どういたしまして。っと、それより、今お前1人なのか?」


 「あ!! そうだ! ローゼロッテを!」


 気軽に尋ねたはずが、思いがけない大声に、彼は驚いた。


 「まだ残っているのか!?」


 「うん。私の友達が……」


 「連れ去られたのか!?」


 「えと、はぐれただけだから多分大丈夫だと思うけど……。でもヴェオウルフが追ってたから」


 「分かった。とにかく移動しよう」


 置き去りのままだったリュックを背負い、再び剣を抜くと、彼は妖精のとなりに並ぶ。


 「そいうや、名前を聞いてなかったな」


 「……私の名前はエインセールよ。あなたは?」


 「俺はノアと言う」


 「ノアね。よろしく」


 差し出してきた小さな手を、ノアも握り返す。


 「そのリーゼロッテを追う。どこへ行ったかわかる?」


 「あんまり自信ないけど、多分こっちのはず。リーゼロッテは逃げるの下手だから、多分あちこちを適当に走ってるんだと思う」



 「面倒だな」


 ポツリと漏らしたノアの本音は、エインセールには聞こえていないようだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 矢筒に手を入れて、ハタと思い出す。矢は使いきってしまったのだと。手元にあるものは何もない。


 「ハッ……ハッ……ハッ……」


 次第に息が上がってくる。後ろを振り返るような余裕はもうなかった。ただ追ってくる気配と音だけを頼りに、ひたすら逃げている。


 草木をかき分けるのではなく、ほとんど自分から飛び込むようにして道を拓く。


 そうして、大樹から伸びる歪な木の根を飛び越えた瞬間だった。


 「ぅあッ!」


 飛び越えたはずの根に、足を取られた。それもそのはずで、ここまで全速力を維持していれば、疲れから速度が落ちるどころか跳躍力まで落ちるのは当然だ。疲れを認知しているにもかかわらずいつもの感覚で動けば、いつものようにはいかない。


 ――追いつかれた。


 彼女は、手近にある木の枝を投げつけるが、ヴェオウルフはまったく相手にしない。

 それどころか、舌なめずりをするかのように、獲物を弄ぶかのようにゆっくりと歩いて近づいてくる。


 皮膚を突き抜けるような殺気に、彼女は自分の死を感じた。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ノアとエインセールは、先ほどの戦闘から少し離れた場所で止まっていた。お互いに疲労しているため、休憩を取ったのだ。もちろん、それはただ休憩しているわけではない。


 「魔法については一応知ってるけどさ、そんな誰かを探す魔法なんてあるのか?」


 リュックから水の入った水筒を取り出して呷るノアは、魔法陣を組み立てているエインセールにそう聞いた。


 「うるさいわね。いいから見てなさい」


 ノアの方を見ることもなく言い放ったエインセールは、魔法陣に集まりつつある魔力に集中する。

 普通、魔法というものは魔法陣に魔力を流し込むことで発動する。が、一部の魔法は、魔法陣に魔法を集めることで発動する。今エインセールが使っているのは、まさにその一部の魔法だ。


 周囲の魔力を集め、そこから周りの状況を間接的に得ることのできる魔法。魔力には記憶があり、その記憶を読み取ることで少しでもリーゼロッテの足がかりを得ようとしているのだ。


 「…………見つけた」


 「流石に速いな」


 水が出てこなくなった水筒をひっくり返しながら、ノアが言う。


 妖精は魔法に愛された種族だ。魔法に対する親和性は当然高く、知識や技術も人間より遥かに高い。ノアには到底真似できない魔法であっても、妖精であればなめらかに使うことができる。


 「私の得意魔法なんだから当たり前でしょ!」


 「いや、そこまでは知らないがね」


 とにかく、と言いながらノアはリュックを背負う。

 位置を掴んだのなら、あとは向かうのみであった。


 「案内頼むよ」


 「もちろん!」


 エインセールを先頭に据え、2人は駆け出す。



 「これ見て」


 先を飛ぶエインセールが指差すのは、木に刺さった矢だった。


 「これがどうかしたのか? 見たところ狩人が取り忘れていっただけみたいだが……」


 矢というのは本来回収するものだ。たとえ1本といえど製作に金はかかり、自作しようものなら手間もかかる。もちろん射手自身が死んでしまっては回収されないだろうが、射手が死ぬなど普通ならばまず有り得ないことだ。だとすれば、ただの取り忘れだと考えるのは自然だ。


 しかし、エインセールは狩人のものではないという言う。


 「これはリーゼロッテの矢よ。走羽を見てごらんなさい。果実が刻まれてるでしょ? これがリーゼロッテ専用に作られた矢の印よ」


 「……確かに」


 何の果実なのかは分からない。が、それは果実としか表現しようのない何かであった。


 「しかし、わざわざ専用の矢を作るってのはすごいもんだな」


 矢をまじまじと見るノアは、その出来の良さに感心している。

 上等品の矢で、しかも専用なのだ。これはよほどの大物に違いなかった。


 「とにかく行くわよ! 血の匂いがしてきたわ。リーゼロッテ……」


 ノアは矢を回収すると、エインセールについていった。

本当は1月1日に投稿予定でしたが、例によって筆者が遊びすぎたため、投稿が遅れています。

反省はしていません。

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