第1話:旅
作品を書くのは初めてですので、生暖かい目で見ていただけると幸いです。ざっと推敲したつもりですが、誤字脱字があれば報告お願いします。
彼は夢を見ていた。ここ最近、毎夜見ている夢である。
どこなのか分からない真っ白な塔の中。時間さえ止まってしまったような錯覚すら覚える中、彼は目の前に浮かぶ彼女を見上げる。
いつもどおり、周囲と同じ真っ白なローブを着けている。彼女の後ろから差し込む光は強く、彼女の表情を垣間見ることはできない。それもいつものことであった。
ふと雰囲気が変わる。
風が吹いているわけでもなく、送風機があるわけでもない。なのに、彼女の銀の髪がゆっくりとなびく。思わず見とれてしまいそうになるほど、なびく銀の軌道が美しい。
ただただその姿を見上げることしかできない彼に、彼女は優しく言う。
「時を走りなさい。花を愛でなさい。魔に追いつかれないように」
彼はいつも困惑していた。
彼女が発する言葉は、まるで彼の理解力を超えていた。初めて彼女の言葉を聞いてから、幾度となくその意味を考えたが、結局腑に落ちるような解答を見つけることができていない。にもかかわらず、彼女の発する言葉はいつも同じであった。
「時を走りなさい。花を愛でなさい。魔に追いつかれないように」
彼女が微笑んだように見えた。そして、うっすらと白色に溶け込むように消えていく。これもいつもの光景であった。
残された彼はふと天井を見上げる。しかし、見上げる先に限界となる天井はない。どこまでも続くかと思われる光が在るだけだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
彼は目を覚ますとすぐにズボンのポケットに手を突っ込む。取り出したのは冷水の入った小瓶だ。手のひらに収まる程度の大きさで、口が異様に小さい。
彼はその小瓶の蓋を取ると、中に入っている冷水を2滴ずつ両目にさした。
これは目を完全に覚まさせるための方法だ。人間の目は、乾いている状態だと自然とまぶたが下がるようにできている。そして、そのまま防衛本能としての眠気に襲われる。そのため、寝起きに目を潤してやると目が覚めるのだ。その事実を知っているからこそ、彼はよく冷えた水をさすようにしている。
再び襲われる睡魔をはねのけた彼は、ゆっくりと寝床から顔を出す。
寝床といっても、ベッドなどという贅沢なものではない。ある程度の太さを持つ木と、それ同じような幹の木の間に吊るしたハンモックが彼の寝床であった。流石に夜は冷え込むため、毛布にくるまって寝るのが通例である。
ハンモックは地上から少し高いところにある。人の身長よりも高めの位置だ。そのため、野宿するときは魔物などの外敵から避けながら睡眠をとることができる。
気を登る魔物も確かに存在するが、普通目にすることはないほど数は少なく、人の身長を超える魔物は事前に情報が出ることが多いために、ハンモックでの危険性は低いとされる。
それでもなお、万が一に備えるに越したことはない。
彼は毛布から目だけを出して周囲を見回す。
まず足元。次いで目線の高さ、ハンモックをくくりつけている木へと視線を移す。
「…………」
特に異常はなかった。
朝露に濡れた緑の葉が、日光に当てられて煌びやかに映える。吹く風は冷たく、葉の露を奪うように流れていく。早起きな鳥が葉の間を飛び回り、気持ちよさそうに鳴く。
そんな風景を見ていた彼だが、それもつかの間であった。
地面に降りて毛布をたたみ始めると同時に、ハンモックを取り外す作業を始める。木の幹にくくりつけた紐を片方解き、両端を真ん中へ折り込み丸めていく。
そして、木の枝に引っ掛けてあったリュックサックの側面に紐で縛って固定する。
さらにリュックの中から革製の防具を取り出して着用。簡素な防具ではあるが、あるかないかでは雲泥の差だ。最後に、寝るときですら手放さない剣を腰へ提げる。
「寝床、防具、剣……よし」
指差し確認までしてから、彼はその場を離れる。
すでに慣れた作業であっても、どこかで間違いが起きる可能性はある。それが、ただの間違いで済めば良いが、命に関わるような間違いでは笑い事ではない。指差し確認は、昔から幾度となく教わってきた基本であった。
彼がたった1人で村を出てから、すでに4日が経過している。しかも、予定していたより進行が遅い。理由は明白で、足止めをくらったからだ。
最近魔物や動物が凶暴化していることを、彼は出立前に聞き及んでいた。それを承知で飛び出してきたのは彼であるが、思った以上に苦戦したのだ。数ではない、質の違いだと彼は感じていた。
そういった事情から、これから挑む森の手前で野宿をしたのだ。
ルチコル森。
ルチコル村へ続く森だ。森の先にはルチコル村があるが、その村をすっぽりと覆うほどの広さをもち、また見た目より深い。だが整備された道があるため、道さえ間違えなければ苦労することはない。
見上げる先、言いようのない何かを放つ塔がそびえ立つ。塔を見るたび、モヤモヤとした何かが彼の心を覆う。
行って確かめなければらない。その“何か”を。
不安で埋まる心を、森へ踏み出す一歩でかき消していく。
王道を展開するつもりですが、はたして筆者がついていけるかどうか……。